メキシコ・アルゼンチン・エクアドル・ボリビアがペルーのカスティジョ政権への支持を表明したという記事があった。これらの国の状況を一つひとつ確認することはあるのだが、まとめて状況を確認したことがない。下手をするとチリとペルーがごっちゃになることもある。そこでこの記事では地域状況を概観してみようと思った。
全体的に反米・左派色が強まっておりアメリカの影響力が落ちているという特徴があるのだが、その他の内容は実に様々だ。
コロンビア
2022年8月に元ゲリラの戦闘員が大統領になったとして話題になった。親米路線を改め経済格差をなくし、ゲリラと和解することを公約に掲げている。選挙は右派ポピュリストと左派の決選投票だった。大統領が就任してすぐのために特段問題は起きていない。
ベネズエラ
チャベス大統領以来の左派政権が続き経済は破綻状態になっていた。2018年には13万パーセントのインフレを経験した。だが、近年では石油高騰により外貨収入が増えていた。OPECに参加する産油国であり石油の価格によって経済が左右されるという特徴がある。
ベネズエラは左派政権の歴史が長い。結局バラマキでは経済が維持できないということに気がつき最近では緊縮財政に舵を切りつつあるそうだ。2020年に経済方面の経験がないままに経済・財務・貿易相に就任したロドリゲス副大統領が、近隣国エクアドルの元反米左派政権の当時の当局者らから指南を受けたとロイターは書いている。
反米色が強い左派の大統領を嫌いアメリカが政治介入していた。2019年の国民経済は壊滅的な打撃を受けていたのだが、ベネズエラ政府はアメリカなどからの「人道支援」を拒否しコロンビアの国境を封鎖してきた。
- ベネズエラ大統領、コロンビア国境の閉鎖一部解除を指示(2019年6月9日)
- ベネズエラ、対コロンビア国境に兵士15万人の配備を開始(2019年9月11日)
長年コロンビアとは関係が悪かったが左派政権ができたこともあり国交が回復した。
ブラジル
この中では唯一のポルトガル語圏の国である。地域的なまとまりがあり一つの連邦国家を形成しているという点が、副王領が解体したスペイン語圏と異なっている。
長年左派の政権だったが汚職疑惑もつきまとっていた。ルセフ大統領にも汚職疑惑があり、選挙時の不正な予算執行を理由に弾劾されていた。ルセフ氏の前任者のルラ大統領にも汚職疑惑があり一時は収監もされたが最高裁判所が管轄権がないことを理由に裁判を無効とした。汚職疑惑が払拭されたわけではないのだがルラ氏には人気がある。
緊縮財政を掲げたボルソナロ大統領の不支持率が高く、ブラジルにも左派政権が生まれるのではないかと言われている。ボルソナロ大統領は人気回復のために財政支出を拡大している。
アルゼンチン
経済的には度々破綻を繰り返しており現在もまた破綻が懸念されている。しかし、債権者との間で債務整理をしており「最も危険性が高い国」のリスト入りは免れているという状態である。
2003年以来、ネストル・キルチネル大統領、妻のクリスティーナ・エリザベット・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領と左派系の大統領が続いていた。マウリシオ・マクリという中道右派の大統領が誕生したが現在はキルチネル時代に官房長官を務めていたフェルナンデス氏が大統領を務めている。結局中道右派の経済立て直しは成功せず、もとの左派政権に戻ってしまったのだ。マクリ政権時代にIMFからの融資を引き出している。IMFはバラマキ型の社会主義政策を嫌うため中道右派の大統領が生まれたのだろうが、その後はバラマキ型に戻ったことになる。
この大統領のもとで債務整理を進めたグスマン氏がTwitter経由で辞表を叩きつけた。その公認の経済担当大臣も辞任している。闇レートのアルゼンチン・ペソは下落している。ドル建て国際の価格も急落していて、デフォルトの可能性のある国に数えられるようになった。アルゼンチンは何度もデフォルト騒ぎを起こしている。2001年には銀行口座が突然凍結され「ドルが価値が半分しかないペソにすり替わる」という事件も起きていたというNewsweekに記事が出ている。
国民は左派政権の分配政策を求めるが経済は安定しない。当然暗号資産に注目が集まっており暴落の危険性がありながらも人々は暗号資産による資産保全を目指す傾向が強い。
このように反米左派政権が定着しているアルゼンチンは当然アメリカ合衆国との関係が良くない。イランがBRICSに加盟するのではないかというニュースの中で「アルゼンチンもすでに加盟申請をしているのではないか」と伝えられていた。BRICSが次の世代の先進国クラブではなく欧米中心の経済に対する対立軸として認識されていることがわかる。
ウルグアイ
ウルグアイは情勢が比較的安定している。メルコスールの足並みが揃わないため、ラカジェ・ポウ大統領は中国と単独でFTA交渉をするという話が出ているそうだ。ウルグアイは2020年に15年続いた左派・拡大戦線が敗北しており、中道右派の政権が誕生している。あまり問題を起こさないためニュースにはなりにくい国である。
パラグアイ
パラグアイに関してはあまり情報がない。欧米に追随したウクライナの制裁には消極的なようで「ゼレンスキー大統領がメルコスールでの演説を断られた」というニュースの中に名前が出ている。一方で台湾と国交関係を持っており、今の所「台湾と断交する可能性はない」と宣言している。中国とメルコスールのFTA交渉ではこの点が問題になりそうだが、それ以外の件で日本語のニュースは見つけられなかった。
チリ
アルゼンチンなどブラジルの南は「停滞しているか落ち着いている」状態なのだが、太平洋側は色々と忙しい動きが起きている。
チリは憲法改正の動きがあった。ところが最近になって新憲法草案に反対する人が増えているそうだ。
チリは社会主義革命が失敗し軍政に移行した時代にアメリカのシカゴ学派の影響を受けた憲法を作って運営してきた。この憲法は新自由主義の優等生と言われるほど企業寄りの内容だった。このため格差が拡大し、2019年10月には地下鉄運賃値上げの反対運動が暴徒化して略奪騒ぎが起きていた。結果的にチリは国際会議のホストを諦めざるを得なくなった。それでも騒ぎは沈静化せず大統領は憲法改正を約束せざるを得なくなった。憲法改正の記事は2020年10月だった。つまり騒ぎを収めるのに1年もかかったのだ。
2021年12月には左派のボリッジ大統領が誕生しており「30年続いた中道路線から舵を切った」とニュースになった。この時には自由貿易推進のTPPから離脱するのではないかと見られていた。ボリッチ新大統領は就任当時36才だった。男性より女性が多い内閣が組閣され多様性が強調された。
こうした紆余曲折の末に「憲法改正」を勝ち取ったチリだが、経済苦境の原因は憲法ではないことに気がついたのかもしれない。騒動の末に起草される新しい憲法になぜ反対が多くなっているのかはよくわからないがJETROによると高齢者ほど改革には反対という傾向があるようだ。
ペルー
ケイコ・フジモリ氏を破って大統領になったカスティジョ大統領だが、2022年4月に暴動が起きていた。食料不足・燃料価格の高騰が理由である。
さらに政治的にも混乱している。もともと全国政党がない特殊な政治状況のため議会はまとまりに欠ける。大統領が大きく改革しようとして議会と対立するというのがおきまりのパターンのようである。
改革を掲げるカスティジョ氏と議会の間には深刻な分断があり弾劾提案が出されたり首相が次々と辞任を表明したりしている。トレス首相はカスティジョ政権では4人目の首相だったが「個人的な理由」で辞表を提出した。カスティジョ氏には5件の汚職疑惑があり捜査が進んでいるというのが現時点(2022年8月)の状況である。
ボリビア
ボリビアでは2019年11月に4選目当選を果たしたばかりのモラレス大統領が辞任を表明していた。選挙不正疑惑が米州機構から指摘され選挙やり直しを表明したが国民は納得しなかった。
ところが今度はこの辞任劇を主導したとされる暫定大統領が逮捕されるという事態になった。2021年8月には自殺未遂を起こしたが2022年6月には禁錮10年が宣告された。
伝統的に地下資源に頼る経済構造のため、国民生活が安定せず清掃が繰り返されているようだ。