なぜアメリカ合衆国大統領は台湾に軍隊を派遣できるのか?

先日Quoraを見ていたら「アメリカ合衆国大統領は台湾に軍隊が派遣できるのか」という質問があった。結論からいえば「できる」のだが、その根拠はあまり知られていない。知っている人は知っている話なのだが、改めて書いてみることにした。






アメリカ合衆国は東アジア地域が共産化することを恐れていた。このため台湾に逃れた中華民国と相互防衛協定を結ぶ。これを「米華相互防衛条約」という。署名されたのは1954年12月2日だ。

しかしベトナム戦争が膠着したことでアメリカの政権は大陸中国の調停を期待するようになる。この対中政策の変更を主導したのがキッシンジャー氏の「リアルポリティーク」だった。結局、ニクソン大統領が中国への訪問を電撃的に発表し「一つの中国」を認めた。これをニクソンショックと言っている。

この時にアメリカは大陸中国の要望で「一つの中国」を承認した。中国はゆるがせにできない原則と呼び、アメリカは目的を達成するための政策と呼んだ。

しかし米華総合防衛条約を実現するための大統領権限は「オプション」として維持した。これが台湾関係法だ。これは選択肢の一つであって「義務」ではないということにして介入余地を残したのである。現在はこれが軍隊派遣の根拠になっている。

つまり「アメリカが台湾に介入できる」というのはアメリカ合衆国内部の中の取り決めだ。

国際的な取り決めではない単なる国内事情なので日本はこの事情を無視すれば良いとも思うのだがそうもゆかない。アメリカが台湾の軍事支援を決めれば在日米軍基地は必ず稼働し自衛隊は補完部隊として協力を求められる。

台湾は国ではないが法制度上アメリカ合衆国大統領が軍事的に介入できる余地が残されていてその裁量は大統領が決めることができるという政策を「あいまい戦略」と言っている。NHKがわかりやすい解説を出しているが、これを読んでもバイデン政権が何をやろうとしているのかはよくわからない。禅問答のような話だが「よくわからないようにしておく」という明確な戦略がある。

2022年7月には「アメリカはあいまいさを維持し続けます」とわざわざ宣言している。あいまいさを維持し台湾を中国の一部に組み込んでおくことでアメリカは台湾を介して中国に介入できる余地があるということになっている。

この「あいまい戦略」と「一つの中国政策」は中国をソ連から切り離して地域の共産化を防ぐ目的のもとに設定された戦略である。つまり中国が対決姿勢を明確にするとそもそも一つの中国政策には意味がなくなる。中国はペロシ下院議長の訪台で「大手を振って」東シナ海や南シナ海での軍事作戦を展開するようになった。その中には尖閣諸島・先島諸島の周辺海域も含まれる。

そして中国が大手を振って対決姿勢を示すことができるようになると、今度はアメリカも大手を振って「一つの中国政策」を放棄することができるようになる。融和するつもりのない国の言い分を聞いても自国の利益にならないからである。中国への介入余地を残したままで軍事的・経済的な連携を強めてゆけば良い。

アメリカと台湾の間には今でも経済関係がある。だがアメリカは「台湾と正式な通商交渉を行う」と宣言した。中にはFTAの設定を期待する声もあるそうだ。あいまいさを維持したまま、中国内部にある(かもしれない)民主的な政権と経済協定を結ぶことができるというのがアメリカの立場であり、あいまいさのメリットである。

東西冷戦とベトナム戦争の整理から始まった一つの中国政策・一つの中国原則の意味はなくなりつつある。中国とロシアは再び接近し中国とアメリカの関係は冷え込んでいる。

台湾は常に大陸中国からの脅威にさらされているがアメリカの助けも確実なものとは言えない。台湾人が不安を感じれば「このまま大陸の一部になった方がいいのではないか」という意見を持つ人が増えても不思議ではない。

ウクライナの戦争の直後の調査では「バイデン大統領は助けに来てくれないのではないか?」と感じる人が増えていた。大統領の胸先三寸で方針が決まるため米軍の派遣について確信が持てないというのが今の台湾人の心境だ。アメリカとしても決して保証はできないのだから経済連携を強めて台湾人を引き止めておくしかない。しかし引き止めが強まれば強まるほど大陸中国が反発するという事情がある。

中国の台湾侵攻があった場合、米軍の派遣があると「信じていない」と回答した人が53.8%にのぼった。ロシアのウクライナ侵攻前に行った2021年10月調査の28.5%に比べ大きく増えた。

台湾人、有事の米軍派遣「信じない」54% 半年で急増

一方で日本もこのあいまいさを前提にした戦略を取る必要がある。米中関係が大きく動いているため「どちらともそれなりに仲良くやってゆく」という政策は取りにくくなる。アメリカは明らかに台湾にシフトしつつあるため、日本もこの流れに引っ張られることになる。とはいえ日本企業は大陸中国にも投資を行っているため、彼らの事情も無視できない。

限定的集団自衛権というわかりにくいコンセプトの元で台湾有事の際には「国ではないのだが実質的に国として扱われはじめている」という極めて複雑な主体に対して援助を求められることになる。この時には「大陸中国への日本企業の投資はどうなるのか?」という問題にも直面するだろう。

安倍政権のもとで行われた安保議論は事情にわかりにくかった。戦略的あいまいさが前提になっているにも関わらず安倍総理がそれを説明してこなかったからだ。そればかりか「邦人避難のために集団的自衛権は必要」などと説明してしまったために一体何のための議論だったのかということが全く不明瞭になってしまった。

日本の有権者は「どうなるかよくわからない」ものに対しては態度を決めたくないと感じるだろう。このため国民が信頼できる政権がこのあいまいさについて誠実に国民に説明すべきである。現在は「憲法に自衛隊を書くか書かないか」というレベルさえも意見集約ができていない。保守派は統一教会問題すら総括できておらず憲法改正議論が進むとは思えないが、現実はかなり大きく動きつつあるようだ。

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