東京オリ・パラでついに逮捕者。当事者の高橋氏は「こんなのが事件になるのか」と反発

夕方のニュースで「元電通の高橋氏がついに逮捕された」というニュースを盛んにやっていた。問題になっている汚職額は5100万円だそうだが、共同通信は「こんなのが事件になるのか」という印象なフレーズを抜き出して罪の意識の希薄さを強調している。政治家たちは「こんなことになり驚いている」とコメントしている。これが「統一教会はこんな団体とは知らなかった」という姿勢とどこか同じように聞こえる。






電通はもともとテレビのCM枠を大きく抑えることで成功してきた会社である。都市伝説的に「ネットの広告枠も買い占めろ」と言ったという話が伝わるようにテレビの枠を抑えればある程度世論が操作できたのである。その後、テレビの地位が比較的に下がると電通は新しいビジネスチャンスを模索することになる。

だがネットの技術革新にはついてゆくことができず、第四の柱として注目していたのがイベントだった。特に国や地方自治体が関わる大きなイベントは電通にとっては成長余地のある重要な事業だった。高橋治之氏は個人的な人脈なども活かしつつ電通のスポーツマーケティング事業を大きく成長させた。そしてこれが文教族と呼ばれる人たちと結びついてゆく。体育の「利権化」だけでなく世論に影響を与えることができれば「国民運動」という形で政策への支持が得られやすくなる。

こうして国家的スポーツは新しい公共事業になり多くの人が直接的・間接的に恩恵を山分けした。

国家的スポーツイベントには巨額の金が動く。「現時点で判明している限り」では運営費用だけで1兆4530億円になったという。こうした大きなお金を動かしているうちに5100万円というお金が「こんな程度」に思えたとしてもそれは仕方がないことなのかもしれない。

高橋さんの誤算はおそらく二つあったのだろう。

一つは広告ビジネスでは普通のビジネス慣行として行われている「仲介」が国家予算が絡むイベントでは「汚職」になってしまうという点だ。国家予算が入るため高橋さんはみなし公務員扱いだった。高橋さんの「こんなの」には「こんなことは普通にやられている」という含みもあるだろう。公務とビジネスでは求められる倫理的スタンダードが異なるのだ。

もう一つは政治に守られていたという実感だ。東京オリンピック・パラリンピックは国威発揚の重要な道具であり、多額の国家予算を動かすことができる政治家にとっては稀有な機会である。また自民党の中には文教族という人たちがいる。この文教の中にはスポーツイベントが含まれており彼らにとっては重要な縄張りになっている。

ところが政権が守りたいのは「政治の説明責任」だけである。イベントが終わると彼らは撤退してしまい後には民間の人たちだけが残る。この時点では彼らは「用済み」になってしまうというわけだ。高橋さんはこのことに気がつかず本業で行われていた「慣行」を持ち込んでしまった。

組織委員会は解体されトップだった橋本聖子さんも自民党に戻った。すると政治家たちは一様に「こんなこととは知らなかった」と他人事のような反応を見せる。今回調べたところ各媒体は橋本聖子元組織委員会委員長、自民党の遠藤総務会長(元オリンピック担当大臣だ)、小池百合子東京都知事はが監督責任については特に触れないままで「知らなかった」「驚いた」と言っている。統一教会問題の「総括」でもよく聞かれるコメントである。

竹田元会長の「200万ドル以上を支払って2020年オリンピック招致を勝ち取ったとする疑惑」や膨らみ続けた巨額予算などモヤモヤの多いオリンピック・パラリンピックだった。NHKは最終決算の段階で「膨らんだ」ではなく「予算を下回った」として決算を正当化して見せた。多くの「大人たち」が問題をかばいオリンピックを守ろうとしてきた。高橋氏が「自分も守ってもらえても当然」と誤認したとしてもそれは仕方のないところである。

こうしたモヤモヤが「すべて高橋氏一人の問題」として収められるとは思わないが、これで丸く収まった、これで終わりにしてほしいと胸をなで下ろしている人は多いのかもしれない。あとは誰が高橋氏の弁護を買って出るかだろう。竹田氏の場合は弁護費用はJOCが負担したようである。朝日新聞が過去の実績だけで2億円になったと書いている。これにより高橋氏がどれくらい組織や政治から守られているのかあるいはそうでないのかがわかる。


参考文献

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