エジプトが新しい行政首都の計画を発表したのは2015年だった。いよいよ首都移転に向けた引越し作業が始まる。政権は世界最先端のスマートシティだと胸を張るが、足元の経済は困窮し、エジプトの財政も不安視されている。中でも注目されるのは中国の存在である。ップロジェクトには中国政府と中国企業が多く関わっているようだ。
エジプトがカイロの東側の砂漠地帯に新しい行政首都を建設すると宣言したのは2015年3月のだった。新しい首都はシンガポール並みの人口になる予定だとされた。つまり一つの都市国家建設規模のプロジェクトだったわけだ。新都市建設の目的はいくつかある。海外からの投資を呼び込み世界最先端技術の実験地(スマートシティ)を作り上げることだった。この記事だけを見ると野心的な良い計画のように思える。
ただ色々な記事を読むといいことばかりではなさそうである。
2021年末の産経新聞は「いよいよ公務員の引越しが始まる」と書いているが、単なる大統領のレガシー作りだろうという市民の冷めた声も紹介している。時事通信やAFPも政府職員5万2000人が移住する「試用期間」が始まると書いている。
カイロ市はナイル川河畔の狭い地域に作られているがカイロ市だけで人口は1000万人規模の過密状態である。シシ大統領はまず公務員を移転させ、そのうち住宅を売り込む計画だ。ただし住宅の価格は1100万円と高額で世帯の平均年収の20倍になるという。とても庶民が手を出せる価格帯ではない。
AFPによるとシシ大統領はこうした都市を他にも計画しているのだという。先進的なスマートシティを全国に建設しその名前が記憶されることになればシシ大統領はエジプトの英雄として讃えられることになるだろう。
だがAFPの記事では「1億2000万人の国民の1/3が貧困層」であり新しいスマートシティなど作っても意味はないという大学教授の声を紹介している。少し前の情報を読むとエジプトの人口は1億人以下だったのだから急速に人口が増えていることもわかる。
こうなると過剰なインフラ投資で財政は大丈夫なのだろうかという気持ちになる。さらにその懸念を増幅させるのが中国の存在である。新首都計画ができてすぐに習近平国家主席が10億ドル融資で存在感を見せつけたと産経新聞が書いている。エジプトは中国が主導するアジアインフラ投資銀行の創設メンバーでもあるそうだ。中国の接近とインフラへの過剰投資というのは「財政的には危険なサイン」である。
中国の財政支援が危険なのはその実態が無計画な民間主導だからだ。国と国との間の関係は良好でも個別のディールは決裂する可能性がある。2019年には新種と計画を巡って中国の不動産デベロッパーとの交渉が決裂したそうだ。収益分配を巡って折り合いがつかなかったためという。国家経済が傾いても政府が整理できない。先進国のパリクラブのような仕組みは中国にはない。さらに中国企業の与信管理・危機管理がどの程度のものかもよくわからない。
中国経済が急速に伸びた理由は車を作るときにブレーキを搭載していないからである。資本主義が長年蓄積してきた安全装置が中国には備わっていない。これは中国国内にもバブル崩壊の危険を生じさせており、対外的にはデフォルトの要因にもなる。その例がスリランカである。
Bloombergは破綻の可能性がある「ディストレス債」の対象国としていくつかの国を挙げており、エジプトも案の定その中に入っている。また2022年4月のインフレ率は13%だったそうで低所得者層を中心に暮らしはかなり厳しくなっているようだ。
シシ大統領はIMFの支援の前提となる通貨の利下げに応じたり、サウジアラビアから新しい投資を呼び込んだりして、今のところ「対策」を取っている。これが破綻するかしないかはまさに運次第だ。
仮にシシ大統領が今回の危機対応に失敗すれば過剰なインフラ投資で失敗した大統領として歴史に名前を刻むことになってしまうだろう。「アラブの春」が軍隊によって鎮圧され強権的な政権が復活したエジプトだが民主的に財政を再建し国家建設を行う手法を覚えない限り、何度でも繰り返し挫折と破綻を経験することになるといったところなのかもしれない。