ヨーロッパで週内に天然ガス危機の可能性が高まったとCNNが書いている。ヨーロッパは現在猛烈な熱波に見舞われており電力供給の逼迫が懸念されている。たとえ夏を乗り越えたとしても厳冬期には再びエネルギー不足が予想される。ウクライナ危機は終わりそうになく、ロシアが世界経済に復帰する見通しも立たない中でヨーロッパは対応を迫られている。欧州委員会は冬の対策についての検討を始めた。ノルドストリーム1が再開されない可能性も視野に入れてあらゆる選択肢を排除しないと宣言している。
現在ノルドストリーム1はメンテナンスで止まっている。そんな中、カスプロムは「ドイツがタービンを返してくれないからガスが送れない」と言い出した。ドイツは「このタービンがなくてもガスは送れるだろう」と反発したが、何もしないわけにはいかない。カナダにあるタービンをロシアに向けて移送中だ。一旦修理工場のあるカナダからドイツに送ってもらい、フェリーでフィンランド経由でロシアに移動させるという壮大な計画になっている。
ただし、タービンが戻ってきたからといってガスの輸出が再開されるかどうかはわからない。「ガスを送るかどうか決めるのは我々である」というロシア流の揺さぶりの可能性がある。ウクライナ情勢が緊迫しておりドイツはロシアを信頼できない。このためちょっとしたトラブルがあるたびに「これはロシアからの圧力なのではないか」と懸念する声が出る。
もちろんこれはドイツの被害妄想ではない可能性が高い。ロシアはこうした嫌がらせをやる際に「自分たちが意地悪をしているのではない、原因はそっちにある」というような言い方を好むからだ。今回のガスプロムの「不可抗力」発言もその一つのように聞こえる。
ヨーロッパとロシアの間の信頼関係は破綻しており修復の見込みはない。
こうしたやり方を好むのはロシアだけではない。トルコも「スウェーデンがきちんと約束を果たしてくれないならNATO入りは認めない」と再び北欧2国のNATO入り承認凍結を示唆した。相手の弱みを握りそれを最大限に活かそうとするというのは中央アジア・西アジア的な交渉の基本と言えるのかもしれない。
こうしたやり方を取る国は他にもある。例えばサウジアラビアはバイデン大統領の増産への期待を受け流して見せた。アメリカが喉から手が出るほどサウジアラビアの石油を欲しがっていることはわかっている。彼らに取っては交渉のチャンスである。サウジアラビアは「持ち帰って検討します」として増産の約束はしなかった。「持ち帰って検討」が実質的なノーを意味するのは日本もサウジアラビアも同じようだ。
バイデン大統領は国内向けに「サウジアラビアの人権に対する懸念を見過ごした」とは思われたくないため「それはそれ、これはこれ」という態度を貫いている。大統領はサウジを国際舞台の「のけ者」にすべきと言う発言を撤回していない。こうなるとサウジアラビアも「だったら我々にも考えがある」と言うことになる。
アメリカの利上げ観測が後退しており、今後原油の需要が高まるのではないかと予測されているそうだ。原油供給が上向く兆しもないため先物の価格があがっているそうである。バイデン大統領もまた人権をとるか国内の経済対策を優先するかという究極に二択を迫られている。
運の悪いことに、南ヨーロッパを中心に酷暑と乾燥化が進んでいる。今年は特に悪いようだ。酷暑はついにイギリスにまで到達しイギリスでは緊急事態が宣言されている。地球温暖化はプーチン大統領が仕掛けたものではないのだが結果的にロシアのポジションを有利なものにしている。
熱波はやがて終息するだろうと言われているようだ。つまり当面の危機は回避できるのかもしれない。だが、ウクライナ危機も終わりそうになくロシアが世界経済に復帰することも当面はなさそうだ。ヨーロッパもアメリカもこの新しい状態に対応したエネルギーシフトを大急ぎで考えなければならない。ヨーロッパの酷暑は収まりそうだが冬にはまたエネルギー不足が懸念される。欧州委員会はノルドストリーム1が再開されない可能性を含めてあらゆるシナリオの検討に入ったようだ。