ロイターやBloombergでキャピタル・フライト(日本からの資金逃避)についての記事を読むのはそれほど珍しくないのだが、ついに時事通信でもそのような記事が出てきた。時事通信経済部の編集委員である宮木建一郎氏の記名記事だが、紹介されているのは経済系メディアでおなじみのみずほ銀行の唐鎌大輔チーフマーケット・エコノミストである。
円安と物価高が定着しそうな今、何が起きているのかを経済紙・メディアを読まない人たちにもそろそろ説明しなければならないというタイミングに来ているということなのかもしれない。
岸田総理は分配と成長の好循環という「新所得倍増計画」を打ち出して総裁選を勝ち抜いた。これが社会主義的だと批判されると、金融業界との関係回復を目指してロンドンで「インベスト・イン・キシダ」との情報発信をした。「資産所得倍増プラン」に路線変更を試みたのである。
ところが円安環境で資産所得への転移を進めてしまうと円をドルに変える動きが起こる。たとえ日本の金融機関でそれをやっても結果的に海外資産に投資されるため日本から資本が逃げてしまう。これ自体は経済紙では当たり前の情報だ。普段からロイターなどを読んでいる人は「記事自体に特段の目新しさはない」と感じるだろう。普段から投資している人たちなら体験的に知っている知識でもある。
ただ、記事を改めて読むと、一般の新聞を読んでいるような人たちにはまだこういった「当たり前の事実」が周知されていないということもわかる。
円安が進行すると燃料費や食料費が高騰する。たとえ国産品しか食べていないという人でも肥料や飼料は海外から輸入しているからだ。つまり金融資産を持っている人は助かるかもしれないがそうでない人は単に円安の影響を受けるだけになる。つまり、資産の有無で格差が拡大する。
また、日本の財政を支える巨額の財源が失われる。国債の原資は巨額の国民預貯金だ。つまり、国民が「いざという時のために備えて」蓄えているおかげで政府は借金ができている。投資促進策はこのバランスを崩してしまうかもしれない。それでも投資が国内に回ってくれればいいのだが、日本と海外には成長速度の違いがある。投資するならそれなりの安定と成長がある地域が選好されるだろう。日本は安定はしているが成長はしていないため投資に適格とはいえない。
ただし、この記事は「だからどうするべきだ」というようなことは書いていない。その答えも唐鎌さんが書いている。岸田政権は国民が納得するような成長戦略は提示できていない。日本人が投資より貯蓄を選好するのは日本がほとんど成長していないからだ。リスクをとって投資をするよりも貯金としておいておいた方が安心なのである。このためそもそも国民が金融資産になだれ込むというようなことがそもそも起きそうもないのだ。
仮に岸田総理が提案するような投資への移行が進めばそれは円安要因になる可能性が高い。だが、そもそも金融資産への移行が起こらないため唐鎌さんが心配するバランスの崩壊も起こらない。また岸田総理も前任者たちと違って「是が非でもやります」という姿勢は見せないため「まかりまちがって政策が実現したら大変なことになる」という焦りもない。「結局何も変わらないだろうなあ」という無関心だけが漂い続けるということになる。
さすがにこれでは足りないと思ったのかYahooニュースのコメント欄では窪園博俊さんという解説委員が「海外逃避(キャピタルフライト)が起こる理由は日銀の政策による利子の差にある」との説明を書き加えている。これも経済紙を読んでいる人には「いまさら」の内容だろう。
今のままではだらだらと円安が進むことが予想される。つまり、岸田総理が何かをやってもやらなくても「円安が続く」ということになる。
唐鎌さんも窪園さんも「日銀が政策を変更すべきだ」とは書いていない。先ずは成長を目指せと言っている。これは日本では長年言われてきたことだが全く実現していない。つまり、提言として置かれてはいるもののこれが実現する可能性もあまり高くはない。
ただ、こうした当たり前のことを改めて説明しなければならないくらいの位置に我々はいるということは言えそうだ。誰もがロイター、Bloomberg、日経新聞を普段から読んでいる訳ではないからである。