イエレン財務長官が来日した。来日の目的は対ロシア制裁について日本と連携しているという姿勢をアピールすることだったようだ。だが鈴木財務大臣は別の懸案事項を抱えていた。それが円の急落である。鈴木財務大臣はイエレン財務長官には為替介入を持ちかけたが受け入れてもらえずイエレン財務長官は「それもこれもロシアのせいである」と言う共同声明を残して日本を後にした。イエレン財務長官はおそらくは新興国に対する債務再編問題についても憂慮しているがこの点についても鈴木財務大臣から積極的は発言は聞かれなかったようだ。
最初に見た記事は「鈴木財務大臣が日本の懸念をイエレン財務長官に伝える」と言うものだった。参議院選挙で忙しく安倍元総理も亡くなった後だと言うのに何をしに来たのだろうかと感じた。改めてNHKを探して来て読んだのだが、イエレンさんの目的は「対ロシア制裁」で日本の協力を確認することだったのだそうだ。アメリカも必死なのだなと感じた。
ただ、一連の記事を読み返してみると、イエレン財務長官が期待する役割に鈴木財務大臣が応えきれていない点も気にかかる。
ただしこのNHKの記事は為替についての言及が半分以上を占めている。日本の政府当局者とマスコミがアメリカに何を期待しているのかは明白だ。かつての成功事例に倣った協調介入を期待しているのだ。プラザ合意はボルカーショックのかなり後に行われている。アメリカが金利を下げた後もドル高が是正されなかったために日米欧で協力して介入をしたという事例である。過去を踏襲する日本らしい期待の仕方だと感じた。一度成功したものを引き合いに出し背景事情を無視して相手にお願いだけしてみるわけである。
こうした政府内外の期待を受けて鈴木財務大臣は「急速な円安の進行を憂慮している」とイエレン財務長官にほのめかしてみた。G7の首脳合意では「適切な協力」が約束されているためここに一縷の望みをつないだのだろう。「日本側はいうべきことを言った」というスタンスだ。
だがその後の反応はやはり芳しいものではなかった。イエレン財務長官の関心はロシアに対する主要国の結束をアメリカに宣伝することだ。一方で、為替について日本に妥協したとは思われたくない。このため為替の問題を「まるでロシアのせいだ」というような言い方にして無理やり日本の要望を織り込ませた。そもそも為替介入については議題にもならずアメリカ政府としてはドル円相場問題には全く関心がないことがわかる。
ロシアの侵略による経済的な影響が為替相場の変動を高めており、これは、経済および金融の安定に対して悪影響を与え得る
ロシアの侵攻が為替変動高める、日米が適切に協力-財務相声明
ただ、これだけでは自身が何も言わなかったことを利用されかねないと感じたのだろう。為替介入はごく例外的な時にしか行われないと事実上為替介入を拒否した。ロイターは従来通りの見解を繰り返したと書いているがBloombergはもっとはっきりと来日したイエレン米財務長官は12日、東京都内で鈴木俊一財務相と会談した後、米国が円買い支えの介入を支持する考えはないことを示唆したと書いている。
プラザ合意のような極めて例外的な介入は「様々な金融政策をやった後でももうどうにもならない」という時に例外的に実施されるものである。日本の場合黒田総裁の長期金利抑制策が円安の原因であることを考えるとアメリカに期待するより先にまずやることがあるだろうということになる。ただし全くのゼロ解答というわけでもなく「投機筋が為替市場に悪影響を与えているようだ」と儀礼的な同情は示してもらえたようだ。同盟国に対するせめてもの優しさだったのかもしれない。
結局のところ鈴木財務大臣には特に打ち手がないようだ。このため鈴木財務大臣はただただ状況を注視し続けるしかない。日本政府は黒田総裁に代わる新しい総裁を任命し「出口」を探すべき時期に来ているのだが、安倍元総理の不幸の直後にすぐさまアベノミクスの修正に動けば党内の安倍派や上げ潮派を刺激しかねない。その意味では安倍元総理の一件は日本の金融政策に大きな影響を与えそうだ。
ただし、これによって金融市場が直ちに円安に向けて動くということはなかった。金融市場は137円から136円と言ったレンジをうろうろしてしており特に鈴木イエレン会合には特段の期待はなかったことがわかる。
イエレン氏は今回の訪日後、インドネシアのバリ島で15日から2日間の日程で開かれるG20財務相・中央銀行総裁会議に出席し、韓国も訪問する予定で……と書かれている。G20にはロシアも参加するため対ロシアでの先進国の結束を示すことが目的だったのだろう。本来アメリカが期待していた日本の役割はロシア制裁についてアメリカへの積極的なコミットメントを表明することだった。日本にはサポーターの役割しか期待されておらず自分の国の面倒は自分で見て欲しいというのがアメリカの本音なのだろうと思われる。
イエレン氏は「中国も債務再編に協力的でない」と指摘したとも書かれている。G20はすでに債務再編のスキームを提供しているが日経新聞は20カ国・地域(G20)は途上国を対象に債務削減の新制度を立ち上げたが、要請したのはエチオピアとザンビア、チャドの3カ国にとどまると書いている。
このままでは政情不安が一気に広がりかねない。おそらくG20財務相・中央銀行総裁会議ではこの件についても議題にあがるのかもしれない。ウクライナ危機がまだ解決していない中でさらに世界情勢は緊迫化しているため各国の協力が求められるところだが、ロシア・中国ブロックと先進国ブロックは割れている。そして中国は中国でおそらく独自の事情を抱えているはずだ。
その意味では今回の会合はかなり重要なものになりそうだ。日本はこうした状況にどう対処しリーダーシップ・フォロワーシップを発揮すべきかを議論しておくべきだったのかもしれない。急速に進む円安という状況を抱えておりなかなか外の状況にまでは気が回らないのかもしれない。少なくとも参議院選挙の最中は「世界情勢に日本がどう対応すべきなのか」という議論は聞かれなかった。