イギリスの首相退任、日本の元首相の暗殺事件と立て続けに急展開があった。その陰ですっかり忘れられているのがスリランカだ。スリランカでは経済危機が大統領に対する抗議運動が展開していた。まずは首相が退任し続いて大統領が退任することになった。大統領はゴーターバヤ・ラジャパクサ氏というのだが前のマヒンダ・ラジャパクサ大統領の弟だった。
スリランカは「国家デフォルト」のお手本になっているのですでに状況はよくご存知の方も多いと思う。外貨が不足し国家デフォルトが起きた。タンカーは港に来ているがガソリンを買う金がない。そこで国民は仕事にゆくことができず収入がなくなる人が多発している。国民の一部は権力を独占して来た大統領一族に怒りを向け抗議運動が展開されていた。
Wikipediaの情報をもとに整理すると、スリランカにはラジャパクサ(SLFP)、シリセナ(SLFP)、ウィクラマシンハ(UNP)という有力な政治家がいた。
まず、マヒンダ・ラジャパクサ大統領は大統領三選を禁止する憲法規定を廃止したが国民から反発されて大統領選挙への出馬を辞退した。そのあとに大統領になったのがシリセナ大統領だ。最初はラニル・ウィクラマシンハ氏を首相にしたが、そのあと仲違いをしマヒンダ・ラジャパクサ氏が首相になる。2018年政変と言われているそうだ。マヒンダ・ラジャパクサ氏は自分が大統領になれないため弟のゴーターバヤ・ラジャパクサ氏を担ぎ出して大統領にした。そしてマヒンダ・ラジャパクサ氏は大統領に返り咲いた。
だが経済再生には失敗し外貨が底をつく。閣僚が逃げ出して内閣が瓦解したというのが最初の内閣崩壊だった。その後、ラニル・ウィクラマシンハ氏が再び首相になったのだが国民経済は回復しなかった。ラニル・ウィクラマシンハ首相は国家破綻と厳しい交渉になるという見通しを告げたのだが当然国民は納得せずさらに大統領への抗議活動が先鋭化した。
耐えきれなくなった大統領はついに辞任を表明し、今後は議会が事態の収拾と大統領選挙を行うことになりそうだ。国家破綻の後始末は結局議員たちの仕事ということになる。
このようにスリランカは同じ人がなんども首相を経験している。つまり昔から同じようなキャストが次々と出て来て政権を担当してきた。特にシリセナ大統領が2018年にウィクラマシンハ氏を首相から解任した時には解任は違憲とされウィクラマシンハ氏が首相に返り咲いている。これが21代と23代の内訳だ。ところが、ラジャパクサ氏の弟が大統領になると今度はマヒンダ・ラジャパクサ氏が首相に返り咲く。大統領と違って首相の登用には回数制限がないため何度でも復権が可能なのである。ただし首相が変わっても国民経済が劇的に良くなるということはない。
- ラニル・ウィクラマシンハ氏は 第13・17・21・23・25代の首相
- マヒンダ・ラジャパクサ氏は18、22、24代の首相
これについてQuoraで書いたところ「ラジャパクサ大統領は中国の後ろ盾で政権を維持して来た」が「分配ができなくなった」ため「一か八か」でクーデターを起こすのではないかとする観測コメントがついた。もともとパキスタンと中国の後ろ盾で内戦を集結させたのだからこれは当然なのかなとも思える。実際に「スリランカの後ろに中国がいる」という認識は広く知られているようだ。
これについて記事を書こうと思いThe Diplomatの記事を見つけた。スリランカのフリーランスコラムニストが書いた英語の記事である。この記事はラジャパクサ中国傾斜論があることは認めつつ事情はもっと複雑であると書いている。キーワードになるのはスリランカの自立である。
経済が脆弱で観光に頼るスリランカは下手をすれば経済的にどこかの枠組みの支配を受ける可能性がある。このため様々な勢力に近づきバランスをとる必要があるようだ。その内容は極めて複雑なため簡単にまとめることはできないのだが、あえてまとめると次のような枠組みになる。
- IMFなどを通じてアメリカに支配される可能性がある。日本もこの枠組みに乗っている。このためIMF支配が強くなると米系の企業に経済を握られかねないという警戒感がある。
- これに対抗する形でインドにも支援を求めようとした。だがインドに接近しすぎると国内の人種間対立のバランスが崩れる可能性がある。
- そこで中国にも接近し「自立」を担保しようとしていた。
前のマイトリーパーラ・シリセーナ政権は中国依存だった。だがこの前の政権時代に港の管理権を中国に奪われていたこともありラジャパクサ大統領がとった政策は「インドに近づくこと」だった。中国は警戒感を強めエネルギープロジェクトから撤退し無機肥料の出荷にも問題があったそうだ。ラジャパクサ氏は中国やパキスタンの支援を受けて内戦を終結させたわけだが中国に近づきすぎても危ないという感覚を持っていたのだろう。
もともと内戦を経験していることからもわかるようにスリランカの政治情勢は一筋縄ではいかない。いくつかのイデオロギーの基づかない属人的な勢力が拮抗しており「脱中国・親インド」というシフトも順調には進まなかったのだろう。このためあちこちの支援をつまみ食いしながら抜本的な構造改革をしないうちに新型コロナ禍で観光業がダメージを受けた。これが駄目押しとなり経済が行き詰まり最終的に経済破綻に至ったわけだ。
結局のところ「中国のスポンサーシップさえあればラジャパクサ一家がクーデターを起こすのではないか」という観測が当たることはなかった。ゴーターバヤ・ラジャパクサ氏が退陣してしまったからである。
最終的にウィクラマシンハ首相の自宅は放火され、大統領官邸も暴力的に民衆によって解放された。
国家破綻の行く末は、これまで代わり映えがしなかった古い政治家たちを放逐することに成功した。今後は国会が事態収拾に乗り出すのだが実力者たちがいなくなってしまっているためまとまってIMFの支援を受けられるかどうかはよくわからない。Bloombergによるとこうした国家破綻の危機に瀕している国は少なくないそうだ。
Bloombergは、途上国全体で2500億ドル(約33兆9000億円)近いディストレスト債がデフォルト(債務不履行)に陥る恐れがあると書いている。特に注目すべき国はエルサルバドル、ガーナ、エジプト、チュニジア、パキスタンだという。ビットコインの急落で経済が危ないエルサルバドルや首相が場外から総選挙を要求しているパキスタンなど馴染みの名前もあるのだが、ガーナ・エジプト・チュニジアも同じような状態になっているようである。
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