「もうやめたほうがいいのでは?」と諌めた閣僚を切ってまで首相の椅子にしがみついていたジョンソン首相だったが突然辞意を表明した。きっかけになったのは与党・保守党の院内副幹事長であるクリス・ピンチャー議員の男性に対する痴漢騒ぎだった。この辞任劇が議員の説明と違うと最初に書いたのはわずか24歳の大衆紙サンの記者だったそうだ。日本で言えば文春砲で総理大臣が辞任したと言うような話である。しかもこの記者が政治担当になったのはわずか4日前だった。今回は「イギリス版文春砲」が出るまでジョンソン首相は首相の座にとどまっていることができたのかを考える。
BBCはこの件についてこう書いている。
6月30日に、英紙サンの新人記者が特ダネをものにした。24歳のノア・ホフマン記者は、同紙の政治担当記者になってわずか4日目で、保守党議員が院内副幹事長の職を辞任したと書いた。イギリス政界の中心地、ロンドン・ウェストミンスターにある会員制クラブ「カールトン」での出来事が、辞任理由だった。
【解説】 なぜ英与党はジョンソン首相に辞任を迫っているのか
イギリスにも朝日新聞や読売新聞に当たる高級紙はあるはずだ。だがこうした高級紙はエスタブリッシュメントであるがゆえに議論でジョンソン首相を追求したい。
だが議論に自信のあるジョンソン首相が彼らの追求によって首相の座を降りることはなかった。東京大学の遠藤乾さんは記事のコメントでこう書いている。
寄宿舎育ちで勝ち抜いた者はプライドと競争力は高いが、裏返すと自分を特別だと思う例外主義を抱え、人にルールを適用してもそれが自分に適用されるという意識が薄い。
寄宿舎で鍛えられたジョンソン首相には太刀打ちできなかったのだ。のらりくらりと追及をかわし今まで首相の座を維持してきた。
退任のきっかけになった事件はクリス・ピンチャー議員の痴漢騒ぎだった。話の行きがかり上なぜこれが痴漢だったのかを説明しなければならない。BBCとしては耐え難い話なのかもしれないのだが「しかし実情は、酒を飲みすぎただけではなかった。議員は、この会員制クラブで男性2人につかみかかり、少なくとも1人の局部に触れたとされている」と説明している。だが直接言及するのではなく「大衆紙サンの新人記者が掴んだ情報によると」と書いている。
イギリスのエスタブリッシュメントの人たちは、イギリスの「上級国民」がコロナ禍でどんな騒ぎを引き起こしてきたのかを直視できていなかったのかもしれない。度重なる追求にも関わらず乱痴気騒ぎを繰り返し時にはゆきすぎた痴漢行為があったとしても大目に見てもらえる。だが大衆紙によって「上級国民」ぶりが白日の下にさらされることでジョンソン首相は辞任に追い込まれてゆく。
最終的には50名の離反者が出たそうだ。離反者の中には閣僚も含まれている。だがそれでも土壇場までジョンソン首相は首相をやめるつもりはなかったようである。自分を諌めた閣僚を解任し新し区任命した財務大臣に減税策を打ち出させようとしていた。「税金を安くするといえば国民は自分を支持してくれるのではないか」と考えたのかもしれない。これまでのように懐柔しようとしたのだ。
ブレグジットをまとめられなかったテリーザ・メイ首相は涙ながらに退任会見をした(BBC/YouTube)のだが、ジョンソン首相は違った。6分強の演説で自分はいかに大衆から支持されている偉大な首相なのかを自慢した後で「今後保守党は新しい首相を選ぶようだが減税なんかもやってくれるかもしれない」とほのめかしている。懲りない人だと思う。
自分は失敗したわけでも首相の椅子にしがみついているわけでもないのだが「皆さんに信任されているからこそ一生懸命に仕事をしている」と言う姿勢を強調する一方で、都合の悪い今回の混乱について謝罪することはなかった。
あまり根拠はないものの自己評価だけは非常に高いと言うことがわかる。
ではなぜ保守党は「こんな党首」を信任し続けたのだろうか。秋に向けて新しい党首選がスタートするのだがロイターは「どの候補者も決め手にかける」と書いている。つまり「この人だったら絶対に選挙に勝てる」と言うような次世代のリーダーが見つけられていないのだ。
さらにイギリスの「上級国民」の放埓ぶりにも目を背けていたのだろう。BBCは一貫してクリス・ピンチャー議員の行状について具体的な言及を避けていた。結局、これがおかしいといえたのは新しい職場を得てわずか4日目と言う若い記者だけだったと言うことなのかもしれない。