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ロシアが戦時経済入りへ ー 軍事企業の国家動員が容易に

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ロイターがロシア下院、「戦時経済対策」法案が第1読会通過という短い記事を書いている。ロシア政府が強い権限で企業を統制できるようになる。つまり、戦時国家体制に向けてまた一歩を進めたことになる。第二次世界大戦で同じような経験をしている日本人には「ああやっぱりな」と思えるような内容だ。日本と同じ道を進むなら国際的に孤立化が進む中で国会が自発的に解散し権力と軍を一致協力して支えることになるはずだ。

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具体的にロイターが伝えている項目は次の点である。

  • 政府は企業に対し軍への物資供給を要求できる:ロシアの軍事行動中に政府は企業に対し軍に製品やサービスを供給するよう要求できる
  • 従業員の労働時間を決定することが可能となる:軍需関連企業の従業員を夜間や週末、休日、年次休暇なしで勤務させる

この法律が通れば企業は日用品の生産ラインを閉じて国の命令に従って軍需物資の生産を優先させなければならなくなる。この時に「従業員がたりません」などということは許されない。だったら休みなく働かせればいいではないかということになるからだ。

ロイターは軍需関連企業と書いているが、例えば食料品を作る会社であっても「軍人用の食料品を生産せよ」と命じることはできるのだから「どの程度の企業が影響を受けるのか」はよくわからない。

ただし法案自体には大した驚きはない。日本の戦中と似た状態にあるからである。日本の場合「日本軍は快調に進撃している」ことになっていたのだが実際の戦況は芳しくなかった。このため1938年に国家総動員法が制定されて日本経済は戦時経済へと転換した。ところが議会はこれに反対せず1940年には政党を解散し大政翼賛会が作られた。軍に対峙するのではなく翼賛して支える道を選んだのだ。

ロシアの場合は「今回の行動は戦争ではなく特別軍事作戦」であり「すぐに終わる」と説明されている。また東部の解放も終わったことになっている。住民たちは喜んでロシア軍の解放を受け入れているはずなのだから「軍事作戦」を続行する必要などないはずだ。

だが、実際にはNATOは拡大し西側の経済制裁はさらに厳しいものになっている。つまり戦争ではないといいつつ戦争状態に突入している。

こうした矛盾は誰の目にも明らかだがロシア国会でこうしたことが問題になったという話は聞かない。日本の状況も考えると次第に情報が取れなくなり「すぐに終わるはずだった作戦」が「戦争」にエスカレートしてゆく。今回の場合は全面的な軍事衝突ではなく経済的な影響が大きいのが特徴だ。まずは一部の軍需関連産業ということになるのだろうが長引けば長引くほどその影響範囲は広がって行くだろう。

プーチン大統領の戦略が間違っていたことは国際的な地位の低下を見ても明らかである。

例えば、NATOのメンバーシップを持っているトルコは自国の言い分を丸のみさせた。アメリカ議会で承認されるかはわからないのだが少なくとも大統領からはF16戦闘機の調達の約束も取り付けている。トルコが本当に欲しいのはF35だがこれをアメリカに売ってもらえる見込みはない。そこでF16をアップグレードして弱点である空軍力を埋めるというのがトルコの方針なのだそうだ。トルコとロシアは一部地域で軍事的なライバル関係にある。

ロシア包囲網は強まっており「戦争ではないはずの何か」が終結する見込みはない。このためプーチン大統領は国内統制を強め軍事力を維持するしかない。いつ終わるか全く先が見えない「戦争ではない何か」だ。

本来国民の側に立って行政を監視すべき下院は全く役に立っていない。ロシア下院で検索するとロシア、検察に外国メディアの閉鎖権限 下院が法案承認というニュースが見つかった。政権がフリーハンドで「戦争ではないはずのなにか」が遂行できるように次々と強い権限を与えている。

法令上はロシア政府が好きにできるロシア企業にサハリン2を接収させるのもこの流れに沿ってのものだろう。資源を事実上国有化し「戦争でないなにか」に有利に利用しようという姿勢を感じる。日本政府はいまだに諦めきれないようでロシア政府に対して説明を求めると言っている。ロシアの企業でさえ従業員を休みなく働かせなければならない可能性があるのだからサハリン2の権益を持っていたとしてもそれがロシアに利用されるのは当然だ。

サハリン2を失うということは日本人もまた高い電気料金で影響を受けるということになり、経済的な影響を受けることを意味する。ただ国家統制が強まる中で権益を確保しても「報復手段」として利用されるだけだろう。

ただこうした接収に怯える企業は何も日本企業だけではない。Newsweekによるとサハリン2の衝撃は各国に広がっており「次に接収されるのは我々なのではないか」という危機感が広がっているようだ。とにかく早く決断しなければ取り返しがつかなくなるという焦りがある一方で「どうやったら損を最小化できるか」という正解はない。早めに手を打った企業は資産の売却が可能だった。だが意思決定が遅れた企業はそもそも売却ができない。そのまま放棄して撤収する以外に道がなくなっているというのである。今後はさらに「プーチン大統領の報復」に利用される可能性があると記事は結んでいる。

ロシア経済が戦時経済入りするというニュースによって影響を受けるのはロシア人とロシア企業だけでなさそうだ。経済制裁の主要な参加国である日本もまた日本企業と邦人の保護に向けて尽力すべきタイミングに差し掛かっている。もはや悠長に情報収集をしているタイミングではなく「とにかく逃げなければならない」状態になっているのではないかと思う。

日本もまた圧倒的に強い自由主義経済についていれば難なく勝てると思い込んでいた人が多いのかもしれないが日本もすでに出口のない何かの当事者になっているといえる。

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