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ドイツが鉄道などの公共交通を1ヶ月9ユーロで乗り放題に……

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東洋経済が面白い記事を書いている。ドイツで9ユーロという格安の1ヶ月パスが導入されたそうだ。日本で言えば新幹線に当たる優等列車以外の公共交通機関を幅広くカバーしている。表向きの目的はエネルギーの削減である。ロシアとウクライナの戦争でエネルギーコストが上昇した。このため政府は抜本的で思い切った対策を求められていた。大胆な提案なだけにそれなりの副作用も予想されているようだ。

ただこのドイツのケースを見るとアイディアそのものよりそのアイディアをどう実現するのかということの方が重要なように思える。期間を限って実施して見て問題点を洗い出そうとしている。

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この政策は3ヶ月限定のため「ドイツのエネルギー消費に与える影響は限定的である」と考える人も多いようだ。また鉄道網は全国各地に張り巡らされているわけではない。都市部では恩恵を受ける人は多いかもしれないのだが地方の恩恵は限定的なものになる。さらに、ドイツでは一部区間でローカル線と高速鉄道が同じ線路を共有している。利用者が急増し遅延が発生すれば混乱が広がりかねないという懸念もある。

実際にコラムの筆者が6月に使って見たところエルベ川沿線のローカル列車の混雑具合はかなりのものだったそうだ。

記事には理由は触れられていないのだがドイツの鉄道事情はそれほど良くないようだ。高速鉄道とローカル鉄道が同じ線路を共有している区間も多いため遅延が鉄道網全体に広がるケースが増えているようである。今回はローカル列車中心ということもあり遅延により「乗り継ぎができないのではないか」という路線も増えそうだ。政府の突然の方針転換によって鉄道に人気が殺到し夏のバカンスシーズンを乗り切れないのではないかとの心配もある。

ただしメリットもある。一度チケットを購入してしまうと市内交通用にチケットを買い足す手間がないため利便性も高い。このため都市に限って考えるとこの政策の有効性は極めて高い。実際にはヨーロッパの都市部では車の流入規制と公共交通の無料化を組み合わせているところもある。ルクセンブルクのように全国の公共交通を無料化した国もある。国土が狭いからこそ実現できるのだろう。同じような議論はスイスでもあるそうだがこちらは議論の段階で全国一律の導入にまでは至っていないようだ。スイスの記事で問題とされているのはやはり「コストを誰が賄うか」という問題である。実際に問題になっている地域があるそうだ。

ユーロニュースでも同じようなラインで報道されている。こちらは場当たり的な面もあると指摘している。物価高対策のためにガソリンにも補助金がでているため「政府が鉄道を優遇したいのか自動車を温存したいのかがわからない」というのである。

日本のように人口が大きく都市に偏り地方に赤字鉄道路線を多く抱える国ではこのコストの問題はより大きなものになるだろう。地方は鉄道路線を減らしたくないがそれを負担するのは都市住民になる。さらに鉄道が無料化されれば利益誘導のために選挙区に鉄道を引きたいと考える政治家が出てくるかもしれない。

ドイチェ・ベレ(DW)はより実用的なガイドを出している。

9ユーロパスは6月7月8月に発行され1ヶ月乗り放題となる。またチケットを購入するのはドイツ人だけではなく外国人も利用できる。6歳以下は無料になる。このチケットはドイツ国鉄だけではなく多くのバス・路面電車・地下鉄・ライトレールでも利用が可能でありベルリンとハンブルクにゆくフェリー接続も含まれている。一部オランダとベルギーに乗り入れているサービスでも使うことができる。ただしICE・IC・EC・タリスといった高速鉄道(日本では新幹線に当たるが国際列車を含む)には利用できない。また自転車を持ち込むことはできない。

ドイチェ・ベレのYouTubeビデオは「ガソリン価格の高騰とこのチケットによって現在26%しかない公共交通の依存度があげられるかもしれない」と期待している。

YouTubeでも「9ユーロチケットで乗って見た」というレポート動画が出ている。タイトルはThe €9 Ticket Report(Youtube)という。いわゆる「乗ってみた」動画だ。

ドイツでは新幹線に当たる高速列車とローカル列車が混在している地域があるようだ。つまりローカル列車が遅延するようになると高速列車も影響を受ける可能性があるとビデオは指摘する。ただし格安チケットが出たからといってそこに人が殺到しているというところまでは至っていない。

ただし、ビデオの中で電車の運行がキャンセルされるというシーンがあった。ローカルの鉄道網に慣れていれば迂回路が見つけられるだろうが外国人観光客や普段鉄道に乗り慣れない人はここで「詰んで」しまうかもしれない。すると「やはり鉄道は不便だった」ということになってしまうだろう。仮に初めて鉄道を使う人が不快な経験をすれば鉄道利用は促進されないだろうとビデオは分析している。問題はより複合的であり料金を安くしたからといって全ての問題が立ち所に解決するというわけではない。

いずれにせよ「何かを変えたい」ときには大胆な政策転換をして「ここまでやるのか」というようなメッセージを打ち出さなければならない。「9ユーロ1ヶ月乗り放題」はとてもインパクトがある。

その一方でこうした政策転換は課題も浮き彫りにするだろう。鉄道インフラへの投資は必ずしも十分とは言えない。ドイツの鉄道網は優秀だがICE・IC・EC・タリスといった国際版・国内版新幹線の中には専用路線を走らないものも多い。このため長距離列車と短距離列車が遅延することによって混雑の影響が広範囲に波及することがあるようだ。公共交通への依存度が高まればおそらくインフラ改修のコストをどうするという課題が出てくるはずだ。

ドイツのこの政策はあくまでも3ヶ月限定である。終わった後に効果と問題点を検証して次につなげてゆかなければならないとの考えがあるのだろう。

公共交通の無償化や格安化というアイディアは日本人から見ればかなり突飛なものだがヨーロッパでは段階的に導入が進んでいる。もちろん課題も多いのだからその都度立ち止まって効果検証をするというのも特徴のようだ。この点は日本の政治風土と大ききくことなっている。日本は選挙になると大胆な政策提言が出るがその後にそのまま実施されたという話はあまり聞かない。なんとなく中途半端に削られて行きその後もだらだらと継続されることが多いのである。

知見を蓄積するのにどちらがふさわしいのかを考えるとやはりヨーロッパ型の方が良いように思える。つまり重要なのはアイディアそのものではなく「それをどう実行するか」という実行プランにあるのかもしれない。

日本人はプランを導入するまではあれこれ議論をするが導入した後には検討をしない。このためさらに心配事が増え思い切った改革ができなくなる。ドイツのやり方はいっけん思い切っているように思えるのだが「よその事例を参考にしつつ」「とりあえずやってみよう」という感じだ。ただこちらのやり方の方がスムーズに新しいやり方を取り入れることができるように思える。

今回の参議院選挙の議論には間に合わないのだが日本もアイディアそのものではなく「どう実現するか」を加えたマニフェストを作ればいいのではないかと思った。結局実行できなければアイディアに意味はないからである。

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