このところ「ドル高円安がさらに進み1ドル150円になるかもしれない」などと囁かれていた。ところが少し風向きが変わってきた。FRBの急激なタカ派シフトのために急速に世界経済が冷え込み「世界経済リセッション」の可能性が出てきたためだ。アメリカの消費者の経済見通しも悪化している。米CB消費者信頼感という指標があり先月から4.5ポイント下回り100を割り込んだ。こうなると急激な利上げが難しくなるしその必要もなくなるだろう。
では円安危機は去ったのか?ということになる。答えは「どうやら円安危機は去っていない」である。順番に記事を読んで行く。
ロイターは手のひらを返したように「ドル軟調」という報道を出してきた。政治系の媒体と違って経済系の記事は風向きが変わればすぐにポジションを修正しなければならない。つまり「以前は違うことを言っていたではないか」ということにはならない。ここは素直にロイターの言っていることを確認してみよう。
アメリカの物価上昇が鈍化しさらなる利上げをやる意味は薄れている。現在は「そろそろ見直しか?」と新しい指標を待っているような状態になっているそうだ。
この記事には答えが出てこないが「様々な原因が積み重なっている」というのが問題を解く鍵になるようだ。つまりアメリカがだけが売られるということにはなりにくい状況になっているのだ。
- ヨーロッパにもインフレがあり抑制のための利上げが期待されている
- 中国の工業利益が急激に減少している
- ロシアの外貨建て国債が実質的にデフォルト状態に陥った
ただ、即行動に移すような段階でもないようだ。別の記事は思惑が交錯していると書かれている。インフレ懸念は緩和され株式市場は回復したという。もともと株式相場は「できればFRBは利上げして欲しくない」という気持ちが強いためどちらかといえば楽観論に傾きやすい。住宅の販売戸数も好調だったそうだ。嵐は過ぎ去ったのではないかというような状態になっているが「また好景気に戻る」というようなところまでは行っていない。住宅の売り上げが好調なのに消費者信頼感(CB)が悪化するなど複雑な状況である。投資要因が入る住宅と消費者に聞いた「実需」の違いが出ているのかもしれない。
問題はインフレ抑制なのだからインフレが落ち着けばFRBが急速な利上げを続ける必要はなくなる。だが一連の記事を読むと「まだまだどうなるかはよくわからない」状態だ。手元にある資産の調達コストなどを計算し「どれくらいが損益ポイントになるのか」を整理しておいたほうがよさそうだ。
こうなると、1ドル150円というのは心配しすぎだったと思いたくなる。ところが、金融市場とは面白いもので実際にはそうならないようだ。
ロイターは「コラム:破壊的なドル高の予兆、円売り加速のシナリオ=内田稔氏」という記事を出している。これはニュースではなく日本人が書いたコラムのようだ。破壊的・加速とあまりいい見通しではなさそうである。
- 欧米が相次いで利上げに踏み切った
- これによってスタグフレーション(不況)が予想される。
- スタグフレーションにせよインフレにせよ(つまり内容の良し悪しは別にして)通貨価値の目減りを意味している。インフレに直面している通貨は為替市場で売られやすい。
- 通貨には、投機的需要・取引需要・予備的需要がある。米ドルは取引に必要でありいざという時の備えにもなるためにみんなから選ばれる可能性が高いだろう。アメリカ経済のみが冷え込むならドルは売られるかもしれないが世界的な不況が予想される現在はドルの需要はそれほど影響を受けないはずだ。
- 過去1980年の状況を見るとボルカーショックによりドルの投機的価値が高まった。だがボルカーショックが収まった後も「破壊的なドル高」は容易には収まらなかった。
- こうしたドルの需要が高い時期を「ドルロング」という。ドルロングは相手として「売られる通貨」が必要になる。
- 主に新興国通貨が選ばれることが多いが資源国通貨が下落することは考えにくい。
- ヨーロッパの金融政策はアメリカドルに追随するだろうからこちらも独歩安ということにはならないだろう。
- こう考えると残るのは日本円である。異次元金融緩和を初めて10年も経つのに金融緩和をやめられない日本は特異に映る。
このコラムの筆者は内田稔さんという方だ。参議院選挙を前に一時的な介入は行うかもしれないがそのあとは「日銀・日本政府(内田さんは「日本」と書いている)は本気で円安を抑制するつもりがない」と気がつくのではないかと言っている。内田さんが予測するのは1980年代に記録した147円だそうだ。
別の記事も読んでみよう。タイトルこそ「通貨危機とはいいすぎなのではないか」というものである。コラム:1ドル140円視野、それでも通貨危機との見方に違和感=尾河眞樹氏というのが記事のタイトルだ。こちらは楽観的な見通しなのか……と思うのだが実はそうではない。
- 日本売り・通貨危機といった激しい言葉が並ぶが実際にはインフレ+利息という「実質金利」によって動いているに過ぎない。
と書かれているので「実は日本への投資に対してそれほど悲観的にならなくても良いのではないか」と続くのかと思った。だがそうはならない。
- 日本の実質金利は緩やかながらマイナス幅を拡大しつつある。
つまり、基調にある現状認識は内田さんと同じなのだ。尾河さんがわざとこういう書き方をしているのかそれともそうではないのかはわからないのだが、要するに「円で投資をしても目減りするだけ」ということになる。資源高からインフレは不可避だが日銀はそれに見合った金利が付与できないからだ。こうなると日本円で投資をしている人は利息はもらえないがジワリと進む物価高の影響でその価値が下がって行くということになる。こうした国の資産は持てないから緊急逃避先としての役割を除いては特に投資するメリットがない国ということになってしまう。
それを「日本売り」というのではないかと思うのだが、尾河さんはその考え方には違和感があると言っている。
これらの記事を総合するとアメリカの金融市場や株式市場に対する弱気の意識はかなり弱まってきているということになる。つまり嵐が過ぎ去るかもしれないという期待が出てきたということになる。だがこれは投資家にとってはいいニュースかもしれないが日本で経済活動を行なっている人にはあまり良いニュースではなさそうだ。パニック気味だったアメリカの状況が改善されればいよいよ日本(政府と日銀)の特異性が露わになってしまう。
政治はこの問題にどう対処するのかと感じた。
この記事を書いている途中でG7の様子が報道されてきた。ドイツ南部の山々に囲まれた風光明媚な土地で会議が行われている。国内に山積するインフレーション・スタグフレーションといった浮世の問題を忘れて、民主主義・自由主義という正義を守るためにロシアと中国を念頭に置いた協力体制づくりを話し合ったようだ。今後、議場はNATOに移るが岸田総理もそれに出席する予定になっている。
先進国の政治家たちが国内の経済問題について真剣に議論するのはもう少し先のことになるのかもしれない。