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アメリカで「神の名の下で」中絶を断罪する人たち

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先日、アメリカでロー対ウェイド判決が覆されたことをご紹介した。そのリアクションがいくつか入って来ているのだが、予想を超える展開だったので短くまとめたい。先日は「最高裁判所が政治化した」と書いたのだが、最高裁判所が刺激したのは厳密には政治ではなかったようだ。

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そのことがよく表れているのがトランプ前大統領の発言だ。彼の支持者が何を聞きたがっているのかということがよくわかる。煽動家としての彼の才能は本物だと改めて感じた。

ドナルド・トランプ(Donald Trump)前米大統領は24日、連邦最高裁判所が女性の人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めた1973年の「ロー対ウェイド(Roe v. Wade)判決」を覆す判断を下したことを「神の決断だ」と述べた。

中絶否定は「神の決断」 トランプ氏、最高裁判断で功績アピール

トランプ前大統領は今回の出来事を作った直接のきっかけだ。退任直前に保守派の判事を一人滑り込ませた。これにより構成が大きく保守派に傾いたのだが当事者が亡くなるか引退を表明するまで政治や住民投票では構成が変えられない。

トランプ前大統領は自分が「神の意志」を代表していると考えているようだ。そしてそれを支持する人が大勢いる。彼らの敵意は中絶を必要としている人たちに向かう。アメリカの民主主義が彼らの考える神の正義の側に立ったと考えるのだろう。司祭に代わってクリニックを訪れる人を裁いている。彼らは許しを与えることはない。単に裁くだけだ。

クリニックの外では、中絶反対派が祝った。「警告する!」。最高裁判決について知らないままクリニックの駐車場に車を止める人たちに、反対派の1人がこう怒鳴った。「この罪深い場所、この不正の場所、この悪の場所から立ち去りなさい」

アメリカの一部で中絶クリニックの閉鎖始まる 中絶権の合憲性覆す最高裁判断受け

もちろん、アメリカ人の全てが中絶の全面的禁止を「神の意志」だと受け取っているわけではない。合理主義を信じる企業は「中絶が必要な従業員の交通費は全額企業が負担する」と宣言した。主に「リベラル」に支えられている企業だ。従業員保護というより企業の政治的姿勢を示しているのだろう。ただこうした「リベラル」な姿勢はもはやアメリカ全体を代表してはいない。26もの州が中絶禁止に動くだろうと予想されている。

それにしても、現代の合理主義的なアメリカでこれほどまでにあけすけに「神と正義」が語られるように来ているというのはかなり意外だった。アメリカ合衆国の中に合理主義に疲れ果て何か大きなものに守られたいと考える人たちが増えていることがわかる。彼らは自分たちの道徳心が神の正義を代表していてそれを他人に押し付けてもいいと考えているようだ。

バイデン大統領は自身もカトリックでありカトリックは中絶禁止を訴えて来た。つまりバイデン大統領は自らの宗教的信条と政治的な意見が異なっている。このためカトリック教会とバイデン大統領は対立していると伝えられることもある。一方でカトリック教会は「神の権威を背景に他人を断罪する」というような行為については極めて抑制的だ。

2016年にカトリック教会は「中絶は罪」としつつ「一定の情状を酌量する」という判断をした。

また教皇がバイデン大統領と面会した時にはこの「中絶の問題」が政治的に利用されていると判断したためこの件について話し合うことを意図的に避けている。キリスト教は人が人を裁くことに対してかなり抑制的なのだが人々が「神の権威のもとで他人を裁きたがる」ことも知っているからだろう。教皇の姿勢がカトリック信者や他のキリスト教徒に与える影響を心配したのかもしれない。

こうした様々な配慮がある中でも徐々に議論は加熱し神の名の下に正義を振りかざすという人たちが現れたことに対する衝撃は大きい。今回の最高裁の判断は人々の宗教心に火をつけたとも言えるのだが、それは本来教会がやろうとして来たこととはかなり異なったものになっている。

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