毎日の息抜きに紅茶は欠かせない。その紅茶を控えるように言われたら国民はどんな反応を示すだろうか。パキスタンの連邦政府が国民にたいして紅茶の消費を控えるように要請したとBBCとCNNが伝えている。背景にあるのは外貨準備の不足である。
BBCによれば実はパキスタンは世界でもっとも紅茶を多く輸入している国なのだそうだ。紅茶といえばインドやスリランカというイメージがあるだけに意外な気がする。このため国民が紅茶を飲めば飲むほどパキスタン政府の外貨準備が減る。
パキスタン連邦の計画開発相のアサン・イクバル大臣が「毎日一・二杯の紅茶を控えてほしい」と国民に要請しその発言はSNSで広がった。だが、多くの国民は「紅茶を節約したくらいで経済状況が改善されるはずはない」と懐疑的な見方をしているそうだ。
とはいえ連邦政府側も必死である。あらゆる手を尽くして外貨不足を解消しなければならない段階に入っている。パキスタンの通貨は2017年ごろから徐々に下落しているようだ。一時は持ち直したものの2021年に入ってからまた下げ続けている。つまりパキスタン通貨の下落と外貨準備の減少は基本的にはパキスタンの政治経済に対する不信任である。コロナやウクライナ情勢はそれをちょっと後押ししただけなのである。
このためパキスタンの交易状況は徐々に悪化し外貨準備が急速に減っている。カーン政権を追い落として政権を奪取したシャリフ政権だがIMFとの交渉は必ずしもうまく行っているとはいえない。仮にうまくいったとしてもIMFの援助は常に厳しい財政再建策を伴うのが通例だ。今後厳しい政権運営が求められる。
もちろんシャリフ政権が何もしていないわけではない。まず政府の生産性に問題があるとして週の休みを減らした。だが猛暑の影響もあり電気の需要が増えたため却って状況が悪化している。このためシャリフ政権は命令を撤回し在宅勤務などの計画を立てていると言われている。
また政府は不要不急の贅沢品の輸入に関しても制限をかけた。とにかく財政は厳しい状況にありいつまでもバラマキ続けているわけにはいかない。贅沢は控えお茶も我慢してとにかく働いて借金を返さなければならないというのが政府の一貫したメッセージである。
似たような状況にあったスリランカはついに外貨準備が全く尽きてしまい港にタンカーが入って来ているにも関わらず石油が買えないという事態に陥っている。このため仕事に出かけたくても出かけられないという人が続出し「どうやって生きていこうか」という状態になっているのだ。パキスタンにも下手をすれば同じような運命が待ち構えている。
しかしながら国民はこうした政府のメッセージを正しく理解しているとは言えない。カーン政権時代の方が良かったと考える国民が多くく、シャリフ政権を「輸入政府」と名付けて排斥運動をやっている。輸入政府とはパキスタンの富を奪うために外国の策謀により作られた政府という意味でいわば陰謀論の一種である。テレ東BIZのYouTube動画が詳しい状況を伝えている。
だがこうした国民を一方的に非難するわけにもいかない。政治リテラシー教育を十分にやらず安易なバラマキに依存してきた国が最終的に陥る混乱の一形態とみなすことができる。グローバル経済で生き残るためには企業と国民が競争力をつけて地道に稼ぐしか方法がない。パキスタンは長年これを怠っていたため危機に入ったからさあ心を入れ替えましょうなどといったところですぐに方針転換をすることができないのだ。
日本は基礎教育が充実しその気になれば誰でも政治的な情報を簡単に手に入れることができる。また過去の蓄積もあるためすぐさまパキスタンのような状況に陥ることはない。だが5月の貿易収支が2兆3847億円の赤字だったことからもわかるように交易条件はかつてないほど悪化しており目を背けることができない状況になっている。
こうした中でも以前「日銀が積極的な金融政策で政府の財政を支えるべきだ」という一部政治家からの安易な提案があるのも確かだ。パキスタンの状況を対岸の火事と見ることもできるし他山の石として教訓を得ることもできるのではないかと思う。