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「プーチンが忙しい間に」とシリア北部を虎視眈眈と狙うエルドアン大統領

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プーチン大統領がトルコ訪問を検討しているというニュースがあった。侵略戦争がいよいよ終わるのか?と期待した人も多いだろう。だがその裏で厄介なことが起きている。トルコがシリア領内のクルド人の掃討作戦を行うと言い出している。この地域からクルド人を追い出してトルコに溜まっている難民を戻そうとしているのだ。これをきっかけにシリア情勢が再び緊迫化する可能性もあるが、NATO諸国もロシアもエルドアン大統領に手が出せない。事態の複雑化が予想される。

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TBSが6月2日にプーチン大統領がトルコ訪問を検討していると伝えた。経済制裁が強まりロシア軍の士気も上がらない中でプーチン大統領が落とし所を探しているのは明らかである。西側には反発を強めてるプーチン大統領だがトルコが相手であれば納得するのではないかという期待もある。戦争はあってはならないことなのだからそれが終結に向かっているとしたらそれはいいニュースというべきなのだろう。

ところがAFPが別の心配なニュースを伝えている。ロシアがトルコに自粛要請をしたというのである。エルドアン大統領はシリアのクルド人勢力を標的にした軍事作戦を行うと警告した。この軍事作戦は現在ロシアとトルコが主導している停戦協定の混乱につながる可能性がある。つまりロシアはウクライナ情勢の仲介でトルコに期待しつつ別の地域ではライバル関係にあるということになる。プーチン大統領とエルドアン大統領の関係は戦国時代の武将同士の関係に似ている。

エルドアン大統領は、トルコ南部国境からシリア側に30キロの安全地帯を設けると言っている。このためシリア北部のタルリファットとマンビジを掃討するとそうだ。トルコとシリアの国境を見ると地中海沿岸のアンタキヤ・イスケンデルン周辺ではトルコが南側に張り出しており内陸のアレッポ周辺ではシリアが北側に張り出している。「安全地帯」と言ってもトルコが軍事攻撃をすると言っているわけだからトルコはこの地域を狙っていることになる。

狙いはいくつかある。一つ目は国内の右派を自分の陣営に引き付けておくことだ。このために標的されているのがクルド人である。

トルコは北欧2カ国がNATOに加盟することを妨害する時「なぜクルド人問題を取り上げたのだろうか?」と考えた人も多かっただろう。今回のシリア北部の攻撃予告によってエルドアン大統領の標的がクルド人にあることがより明確になった。トルコにとってウクライナ情勢は利用できるコマに過ぎない。北欧2カ国のNATO入りを実現したいアメリカとヨーロッパの主要国はこの件でトルコを抑えられないだろう。NATO諸国にとってはシリアやクルド人よりもヨーロッパ系の同胞の方が重要だからである。

もう一つの狙いも国内事情によるものだ。「安全地帯」にトルコ国内に滞留している難民を送り返したいというニーズがある。エルドアン大統領としてはクルド人の土地なら奪っても構わないと考えているのだろう。これだけを聞くとエルドアン大統領はひどい大統領だと思うのだが、実はトルコには360万人の難民が暮らしているそうだ。このうち100万人を安全地帯に送り返したいと考えているようである。EUはトルコと協議して難民を引き受けてもらっているのだからあまりトルコを責めるわけにはいかない。

ではロシアはこの件でトルコを押しとどめることができるだろうか。

ロシアはシリアに海軍権益を持っているためアサド政権を支援してきた。シリア情勢が複雑化しトルコが介入するとロシアはトルコと話をつけてシリアで停戦合意を結んだ。合意が結ばれたのは2020年3月のことである。この時の対象地域は今回問題になっている地域よりも西側にあるイドリブ県だった。

この時の停戦合意の記事には勢力図が出ている。イドリブ県ではイスラム教過激派の支配地域がある。その北側にはトルコと反体制派の支配地域が広がっている。今回問題になっているマンビジから東のユーフラテス川の北側はクルド人の支配地域になっている。さらにタル・アビヤドというという地域にも飛び地のようにトルコと反体制派の支配地域がある。今回マンビジ地域を抑えることができれば東西にあるトルコが支援している地域がつながりクルド人勢力とトルコ領内のクルド人領域を分断することができる。

ロシア側の兵士はウクライナの戦争に駆り出されている。このためイドリブの管理が手薄になっていたようだ。

当然こうなるとイドリブは大丈夫なのか?と思うわけだが案の定問題が起きていた。トルコの支援を受ける反体制派の武器弾薬庫が攻撃されたのだそうだ。ロシアが攻撃したのかアメリカが攻撃したのか?とということを分析する記事が見つかった。トルコはこの地域でアルカイダの一派を保護しているようだ。

この記事を書いた青山弘之東京外国語大学教授は「所属不明の攻撃の多くはアメリカが仕掛けている」と指摘している。この地域が混乱すればロシアは二正面作戦を迫られることになる。トルコの自作自演という可能性を除外すると「実はアメリカにも動機がある」という複雑な状況が生まれている。

もちろん本当のところは誰にもわからないのだが、少なくともアメリカ・トルコ・ロシアという異なる利害を持った国々がそれぞれの国内事情とそれぞれの動機を持ち「傭兵」や「現地の反乱分子」を使って攻撃を仕掛けるという図式になっている。全てが切り離されていれば良いのだが、トルコとアメリカはNATOの同盟国であり、ロシアとトルコはシリア情勢を巡って「手打ち」をした仲である。

アメリカにとっては単なるチェスなのかもしれないが、中国やロシアは帝国領域と敵陣営の間に「緩衝地帯」を置いて境界を曖昧にしておきたいと考える傾向がある。これはヨーロッパが主導して作った主権国家体制(ウエストファリア体制)とは異なる。刺激が加えられ続けることによってゲームの基盤だったウエストファリア体制そのものが徐々に崩れ始めているのだ。

我々が第二次世界大戦後に経験した対立はすべて「資本主義対共産主義」とか「民主主義対専制主義」といったものだった。こうした単純な対立が生まれるのは現在の国家体制が領域が明確な主権国家によって成り立っているからである。

かつての地域大国がそれぞれの事情を抱え勢力圏の拡大を目指すという意味では世界大戦というよりも戦国時代といった方がわかりやすいのかもしれない。そうなると国連この未曾有の事態に対処できないというのもまた明白だ。北朝鮮を巡る経済制裁案も拒否されおり常任理事国が一致して世界情勢を安定させようという意欲は失われている。

この「戦国時代化」が不可逆的なものなのか一時的なものなのかはわからないのだが、我が国の憲法は国連中心の平和主義の上に構築されているわけだから、憲法をめぐる情勢もかなり急激に変わってきているということがわかる。

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