参議院選挙を視野に入れた各政党の経済対策が出揃った。かつてあった左右対立という図式が消えており「選びにくい」という印象がある。また、行動経済成長期を支えた製造業に代わる国の基幹産業が見出せないため各党ともかなり苦しい工夫を強いられている。有権者は現状維持か改革かをまず選択したうえで政党を探すといいように思える。
政府の新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(案)を軸に立憲民主党・国民民主党・維新・れいわ新選組の政策ページを比べてみた。成長点が見出せない中でそれぞれの政党が差別化に工夫を凝らしている。維新は「昭和」の破壊を目指しれいわ新選組は「上級国民」を批判するという違いもある。
現状維持の自民党案
岸田政権の新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画(案)が公開された。新しい資本主義と言っているのだが1990年代の「中道左派路線回帰」になっている。この実行計画(案)を元にして党からの注文を受け付ける形になるため実際の公約が出るのはおそらく一番後になるだろう。
長大なリストに並んでいる項目をすべて読む必要はない。基本的には「現状維持」の内容だからだ。現状を変えたいと考える人は別の政党を選ぶべきだが「今のままで満足だ」あるいは「今変えるのは怖い」と思う人は自民党に投票すべきだろう。
岸田政権は「社会主義路線」であることを否定しているが、これまでの自由主義路線を反省し分配に注目するという意味では穏健社会主義的な対策になっている。民主党の菅直人総理の「第三の道」を思わせる。1990年代に中道から中道左派までが好んで使ったフレーズである。岸田政権だけでなく公明党も再分配を強調している。補正予算の要求が通ったため次の要求を最低賃金の引き上げに定めたようだ。
社会主義・共産主義との違いは国家主導の計画経済が入っていないと言う点である。このため様々な業界からの依頼をまとめたリストになっている。案は多岐にわたりA4で34ページという壮大なリストだ。つまり全体像がよくわからない。
またこれとは別に台頭する中国を念頭に経済安全保障体制強化という項目が入っている。安倍元総理はこれでは不十分と考えているのだろう。防衛費のGDP2%目標を明記すべきだと注文をつけている。
すでに分析したようにエマニュアル・トッドが「第三次世界大戦」と表現するようなブロック化が進んでいる。このため各地で軍事同盟と経済同盟をリンクさせる動きが進んでいる。ヨーロッパにはNATO/EUブロックがある。アメリカは中国を囲い込もうと試みており中国は太平洋島嶼に進出して対抗している。経済政策と言いつつ安全保障の問題が出てくるのはそのためだろう。この点は政権与党らしい政策と言える。他の政党には経済安全保障の話はあまり出てこない。
「新しい資本主義」という言葉とは裏腹にその政策は伝統的な分配政策と株式などへの投資というオーソドックスなものが並ぶ。安倍政権を否定せずに方針転換を図ろうとしたことから生じた苦肉の策なのだろう。
現状に対する不安として大きいのは増え続ける社会保障費だろう。これについては維新が対策を準備している。現状を変えたいと考える人は共産党・維新・れいわ新選組あたりが検討対象になる。
消費税は見えやすいのでよく問題になるが社会保障費の負担は見えにくい。企業負担もあるためにわかりにくいは実は負担率は伸び続けている。2006年に37.0%だったものが2019年には44.4%に上昇しているそうだ。最近のニュースを見ると物価高で生活が苦しくなったように思えるのだが実際には医療・福祉に吸い取られているという側面がある。これに答えているのがれいわ新選組と維新だ。
財政を支えるのは税金ではなく国債発行だ。このため日銀の選択肢が限定されている。投資家としてはくすぶり続ける金融資産課税問題と合わせて円安対策は気になるところだろう。アメリカの経済状況によってはさらなる円安が進みかねない。ただしこれについて書いている政党は他にはないため比較をしても選択肢がないというのが実情のようである。
現状維持から脱却できなかった立憲民主党
対する立憲民主党は生活安全保障という概念で政策をまとめている。生活安全保障というと仰々しいが物価高対策・教育の無償化・着実な安全保障という政策をまとめたもののようだ。
自民党との差は「生活者視点」である。情報を刈り込んだ点は評価できる。次に分配を「子供と未来」に限定している。これも極めてわかりやすい。
ただ、支持母体の連合がまとまらないため連合との間で政策協定を結ぶのは諦めたようだ。大胆な改革提案にまでは踏み込めなかった。このため政府のやり方は批判するが改革は提案しないという中途半端な提案になっている。現状維持路線だが政府にはあまり大きな権限を与えたくないという人の選択肢といった位置付けには一定のニーズがあるのかもしれない。
例えば、物価高対策では政府日銀の路線を批判している。だが「現在の円安路線を変えると実質上の財政ファイナンスができなくなる」ことはわかっているためあまり踏み込んだ表現はできない。NHKで中継された事実上の党首討論がまとまらなかったのは岸田総理に「安倍政権の政策は間違っていましたごめんなさい」という動機がないからだろう。
一方の教育無償化は「子供と未来」に集中投資するという意味で自民党・公明党との間で差別化が図られている。社会保障費の値上がりが現役世代を圧迫していると考えると根本的な解決にはなっていないのだが、このあたりが今の立憲民主党ができる最大限の「改革提案」だったのかもしれない。
三番目の着実な安全保障議論には差異はない。当然だが自民党・公明党も立憲民主党も日米同盟維持で違いがないからだ。今回は見なかったがこの点が共産党と根本的に異なっている。共産党は「将来的には日米同盟から脱却したい」という政党だ。今回は一部の選挙区で共産党と競合するところがある。
差別化ができなかった国民民主党
ただし立憲民主党はまだ「今の政権と対峙しよう」という姿勢がありわかりやすい。政策的には立憲民主党と大差がなく予算案は自民党・公明党政権に賛成という国民民主党はいよいよ立ち位置がよくわからなくなってきている。
国民民主党の5本柱を見てみよう。五本と言っているが実際には教育の無償化・児童手当の拡充・教育国債という教育関連政策、多様化推進策(インクルーシブ教育と多様性確保)、雇用のセーフティネット強化と職業訓練という3本だてになっている。立憲民主党と違って「教育国債」というアイディアを打ち出している。10年間で50兆円発行する予定なのだそうだ。
国民民主党は政策的には立憲民主党とそれほど違ったことは言っていない。また連合などの昭和的労働組合に支援されているため成長点を探すことを諦め「とりあえず国債で対応する」と割り切っている。国債の使い道は積極的な支出による雇用創設と教育国債である。
国民民主党の欠点はおそらく政策立案能力ではなくポジショニングそのものなのだろう。このため玉木代表の力強いリーダーシップを強調しようとすればするほどそれがチグハグに見える。また産業対策が全く入っていない。おそらくこの辺りをまとめようとしてもまとまらないのかもしれない。
玉木代表と連合の芳野会長の会長の会談も不調に終わった。連合はそれぞれの団体がそれぞれの候補者を応援するという方針になってしまったのである。このため包括的な政策協定を結ばなかった。つまり国民民主党の問題というよりは「連合」という組織が成り立たなくなっているという事情がある。
自民党・公明党・立憲民主党・国民民主党は現状維持路線なのでそれぞれ事情が異なる支持母体を抱えている。つまりどの政党も「骨太の方針」を作って支持母体を一つにまとめられなくなっているのである。
昭和を否定する維新のわかりやすい改革路線
とにかく現行の制度がガラッと変わるところを見て見たいと考える人にとって選択肢になりそうなのが維新である。逆に「今の制度によって暮らしを立てることができている人たち」にとってはあまり魅力的な政党ではない。政策は極めてわかりやすいが「これが全部実現してしまったらおそらくかなり大変なことになるだろうな」と思う政策が並んでいる。この現状を維新は「昭和」というラベルで総括する。
維新のテーマは「日本大改革」である。維新は昭和の社会保障システムを解体してベーシックインカムに一本化しようとしている。既得権を打破する改革者という自己イメージを作っており非常にわかりやすい。立憲民主党にこれができないのは「連合」や「生活者団体」などの昭和的なスキームに依存する議員が多いからだろう。
維新の政策の欠点もまた極めて明確だ。「昭和を壊す」のはいいのだが「次はどうなるのだ?」という点に触れられていない。時計を壊したからといって新しい時計が勝手に作られるということはない。ただし、この「次をどうするのだ」ということは自民党でも説明されておらず立憲民主党も全く触れていない。成長点がなければ単にベーシックインカムを基礎にした社会保障改革は単に縮小して終わりということになるだろう。
上級国民から奪い取れという大胆なれいわ新選組の提案
最後にれいわ新選組を見てゆく。組織力がなく山本太郎代表の訴求力に依存するれいわ新選組は訴求対象を中所得・低所得の人たちに絞っている。山本代表は既得権益層を「上級国民」と呼びその打破を目標として掲げている。維新は「昭和を壊す」と言っているのだがれいわ新選組は上級国民から勝ち取るとしている。これが大きな違いだ。
既得権の根本的な打破を狙っているわけだからNHKをはじめとするメディアがこれを好意的に取り上げることはないだろう。つまり彼らは自分たちの運動体を自分たちで立ち上げる必要がある。ネットを見ていると一部熱心な支持者がいるようだ。彼らがどの程度周りに働きかけることができるかによって今後の成否が決まるものと思われる。
ターゲットを絞っているためにれいわ新選組の政策も維新同様に非常にわかりやすい。
- 消費税の廃止。
- 社会保険料の軽減。
- インフレ期に入るまで国民に一人当たり3万円を給付する。
- 子ども手当を毎月3万円支給する。
- 公的住宅の拡充。
- 学費は無料にし過去の奨学金は全て減免。
- 中小企業には政府が支給し最低賃金を1500年に。
- 基本的食料品は全て国が買い上げる。
れいわ新選組の政策は中南米やヨーロッパにある左派ポピュリズム政党の政策に似ている。違いはポピュリズム層の厚さの違いである。こうした提案は中南米諸国では熱烈に支持される傾向にある。日本でも目に見える程度の大きさにはなっているがまだまだ本格的な全国政党を作るまでには至っていない。比較的格差が少ないため大きな不満が国民に蓄積していないものと思われる。