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銃火器抑制の議論がまとまらないアメリカ合衆国と規制議論が進むカナダ

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アメリカ合衆国で銃火器による大量殺人が立て続けに起きている。アメリカ合衆国で議論がまとまる兆しはないがカナダでは銃火器抑制の議論が進んでいる。カナダの議論を見ることでアメリカの議論には一体何が欠けているのか、あるいはアメリカがどこに向かうのかが見えてくる。

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カナダの銃火器抑止についてはBBCが詳しく伝えている。トルドー首相は個人による拳銃の所有と売買をカナダ国内で全面禁止する法案を提出する。法案が成立すれば拳銃所持は引き続き認められるものの売買や輸入が違法になる。

ニューヨークタイムズの英語版の記事によるとトルドー氏の所属する自由党は下院で過半数を占めていないが左派の新民主党が以前から銃規制強化を推進しており協力を得られそうだという。保守党には反対意見を持った人がいるようだが法律が通る可能性は高そうだ。

保守党が銃火器の抑制に慎重なことからわかるように、カナダをはじめとしたアングロサクソン系の国は伝統的に銃火器の保持に寛容だ。それでもアメリカを除く国では銃火器規制と犯罪には相関関係があると考えられており銃火器の保有が難しくなりつつある。

ではなぜアメリカ合衆国では銃火器保有に関する議論が進まないのか。背景には二つの問題があるようだ。

  • 政府を信頼していない人が多い。
  • 修正第2条という憲法で民兵を組織する権利が保障されている。銃火器の禁止が進まないのはこの憲法条項のためだと一般的には信じられている。

色々と調べてゆくとこの「民兵組織」についての議論がないことがわかる。バイデン大統領すら前提を誤解している。つまり議論をまとめる人がいないのだ。憲法は政府(連邦と州)および人民との約束なので当然民兵組織に関する規定はない。Quoraで教えてもらった情報を参考にすると、かつては富裕層を中心に政府に抵抗するという歴史があったそうだが、連邦の分断を争った南北戦争で連邦維持派が勝ったことを境に連邦政府の力が強くなり民兵組織の実態が失われていったそうだ。

つまりアメリカ合衆国では目的「政府に抵抗する」ための具体的措置の議論やイメージが消え去ったものの、政府に対する漠然とした不信感と直接的手段(拳銃を持つこと)だけが生き残ってしまったということになる。

それを確認した上でトルドー首相の提案を読むと興味深いことがわかる。トルドー首相は民主主義が機能しているカナダでは「抵抗の必要はない」と言っている。実際の表現は次のようになる。

「スポーツ射撃と狩猟のため銃器を使うのを除けば、カナダの日常生活で個人が銃を必要とする理由などない」と、トルドー首相は記者団に述べた。

カナダ政府、個人による拳銃所有の完全凍結を提案

歴史をおさらいする。もともと民衆が政府に抵抗したのは、政府が絶対王権だったからである。アメリカ合衆国はすでに革命の目的を達成している。さらに南北戦争という内乱を通じて強い連邦が支持されるようになった。この強い連邦を背景に国際競争力が増強されついに第二次世界大戦後基軸通貨国の地位を手に入れる。

例えばスペインに支配された地域にはこうした強い連邦政府ができなかった。地域はカウディーリョ(カウディージョ)によって分割されてそれぞれ独立した国ができている。中には国の中に複数のカウディーリョが存在するところもある。これが南北アメリカに決定的な国力の違いを生み出している。カナダ・アメリカは市民を取り込み強い政府をつくることで国力を増強した。一方で中南米には市民社会が作られず地方領主のような人たちが温存されている。

そもそもアメリカ合衆国で銃火器規制についての議論が進まないのは目的が曖昧化している一方で銃火器保持という手段だけが行き乗っているからだということがわかる。

さらに深刻なことにアメリカには国内議論をまとめられる人がいない。つまり「アメリカの国際的競争力保持」や「治安維持」という問題との優先順位をつけられる人がいなくなっているのだ。おそらく普通の国では大統領のようなトップリーダーが議論を整理する役割を担っているはずだ。だがBBCによればバイデン大統領は間違った前提に基づいた議論を行なっているそうだ。

  1. 最高裁は「修正第2条は政府が絶対に銃保持・携行を規制してはいけないとは書いていない」と言っている。つまり修正第2条は絶対ではない。
  2. その証拠に大砲を保持を禁止する法律があったくらいだ

前提1は正しいそうだが2のような法律は具体的に存在しなかったという。大統領の個人的な資質にもよるのだろうがおそらく国内・政府内で議論が整理されていないために政府がこの問題を正しくモデレートできないのだろうと思う。

いずれにせよ人々が政府を信頼せずに「抵抗権を保持しておきたい」と考えているという意味では、アメリカ合衆国は常に中南米化の危険をはらんでいるということになる。この危機を乗り越えることができるのか、あるいは分解してしまうのかはアメリカ人が議論すべきことだろう。

それではカナダの議論はどこに向かうのか。CBC(カナダ放送協会)のウェブサイトに議論が出ていた。

  • 個人売買の禁止・輸入の禁止の他に禁止された数千の銃火器を政府が買い取るという政策が提案されている。ただし業界と協議して詳細を詰めなければならない。
  • また罰則強化や危険な人から銃を取り上げるレッドフラッグ法の強化が行われる。
  • 保守派の評論家は「問題は違法に流通している密売銃だが政府はこれに答えていない」と批判している。また保守派議員ジョン・ブラサルドは「合法的な銃の所有者に対して不当な政策である」と批判している。銃火器業界も「犯罪者や無許可の武器」に対する対応が不十分だと批判している。
  • 逆にモントリオール市のバレリー・プラント氏はトルドー首相の政策を歓迎しつつ「できれば全面的に禁止して欲しかった」と付け加えた。
  • このようにカナダには「銃規制はやるべきではない」という人たちと「早く全面禁止に向かうべきだ」という人たちがいる。

自由党カナダ政府はできれば全面禁止にまで持ってゆきたいようだが保守派の反対は根強い。アメリカの混乱を教訓にできることから一つ一つやって行こうというのがカナダ政府の方針のようである。今回の提案はその重要な過程の一つであるとマルコ・メンディチーノ(公共安全担当大臣)は説明している。

政治議論は普段からの積み重ねが重要だということがよくわかる。トルドー首相が一人でリーダーシップを発揮したから銃規制が進むわけではなく分厚い議論の地盤があるからこそ人々の安全を守るための銃規制議論ができるのである。

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