中国の王毅外相が太平洋諸国との包括的な安全保障協定を結ぼうと試みた。すわ合意というところまで行ったのだがミクロネシア連邦が反対したことで安全保障の協定は実現しなかったそうだ。現在アメリカ主導で中国の囲い込みが行われているのだが、太平洋・極東地域にはNATO・EUのような包括的協定はない。今回ミクロネシア連邦が反対していなければ準NATOのような協定が中国主導でできていた可能性もある。今回中国が「侵入してきた」裏にはアメリカの刺激とオーストラリア・ニュージーランドの失敗がある。太平洋地域をうまくまとめきれていなかったのだ。
AFPはホッとした様子で「中国と太平洋島しょ国、安保協定で合意に至らず」と伝えている。内容がかなり衝撃的だ。NATOのような軍事同盟でなく警察やサイバーセキュリティと言った内政に関与する内容が含まれているからだ。軍事同盟として警戒されるのを恐れてか警察協力ということになっているのだが内政に関わるのだから「なお悪い」という気もする。
- 太平洋島しょ国の警察を訓練
- サイバーセキュリティーに関与
- 政治面での連携を強化
- 陸海の天然資源へのアクセスを拡大する
Bloombergによると参加する予定だったのはソロモン諸島・キリバス・サモア・フィジー・トンガ・バヌアツ・パプアニューギニア・クック諸島・ニウエ・ミクロネシア連邦だ。
クック諸島とニウエはニュージーランドとの関係が深い。またミクロネシア連邦は現在アメリカと安全保障上の協定を結んでおり2023年の更新時期を控えている。中国はここに堂々と乗り込んできて「協定」を結ぼうとしていたのである。なお、今回はナウル・ツバル・マーシャル諸島(マーシャル諸島もアメリカとのコンパクトがある)・パラオが含まれていないようだ。
この地域を理解するために重要なキーワードが二つある。それがコンパクトとPIFだ。コンパクトは特定の国(現在はアメリカとニュージーランド)との間の安全保障協定である。またオーストラリアとニュージーランドが事実上の盟主(援助主体)になっているPIFという枠組みがある。
ロイターは「少なくとも1カ国が反対した」と書いているが共同通信は反対したのはミクロネシア連邦のようであると書いている。ミクロネシア連邦はアメリカの信託統治領から独立したが安全保障と防衛の権限をアメリカ合衆国が持つというコンパクトという協定を結んでいる。外務省によると現在のコンパクトは2004年に改定されたそうだ。援助と引き換えにアメリカ合衆国の陣営に残るという協定である。同じようなコンパクトを結んでいるマーシャル諸島が会議に参加していないことから、ミクロネシア連邦の姿勢がより明確になる。一応話は聞いたが最終協定には応じなかったということになる。
ただしこのコンパクトは2023年に改定される予定だそうだ。つまりこの先がどうなるのかはわからない。優位に交渉を進めたいミクロネシア連邦がデモンストレーションとして会議に参加して見せたとしても不思議ではない。
もう一つがPIFである。PIF参加国のうちすでにソロモン諸島と中国が安全保障協定を結んでいる。有事の際に中国に治安維持のための要請ができるという協定である。ソロモン諸島はPIFを脱退しないままで中国との協定を結んだ。
ソガバレ政権はすでに中国寄りの姿勢が批判され反政府デモが起きていた。中国政府との関係による不正蓄財というのはよくある話である。これに憤った民衆が政府に反旗を翻してもアメリカやオーストラリアは政権を守ってくれないだろう。すでに中国系が多い地区で死者も出ている。中国はこうした政治の透明性が低い国を狙い利権の拡大を狙っている。ただし軍事協定を結ぶとアメリカやオーストラリアの反発が予想されるために「あくまでも警察ですよ」という言い方をするのが特徴である。
中国は軍隊、警察、民間を巧みに使い分ける。例えば中国とフィリピンの間には南沙諸島の領有問題がある。ここでも軍隊、海警局、民間(漁船)を使い分けてアメリカの介入を避けている。フィリピンでは領土・領海をめぐり対立関係にあるが、太平洋島嶼の国々では内政に関与し影響力を強めようとしている。
中国は一つひとつの国を落としてゆけばいいわけでわざわざ多くの国を集めて安全保障協定を結ぶ必要はない。ただ、アメリカ合衆国がこれ見よがしに周辺国を集めて「中国外し」の動きを見せている。中国がこうしたアメリカの動きに刺激されて対抗姿勢を見せておこうと行動をエスカレートさせても不思議ではない。そして中国が行動をエスカレートさせるとそれに追随する国が出てきてしまうのである。
AFPが台湾がIPEFに入りたがっていると伝えている。多国間の枠組みを作ると宣言し台湾とも別個に協定を結ぶというやり方をアメリカはとっている。実際にはバイデン大統領の国内向けの宣伝という意味合いがあるのだろうが、この一連の行動が中国を刺激している。国際社会を巻き込んだ多国間連携はトランプ大統領時代にはなかった動きだが良い面ではなく悪い面ばかりが出てきてしまっているのだ。協力ではなく排除が際立ってしまうからである。
この太平洋諸島フォーラム(PIF)の国々は現在中国が経済的に気候変動などで協力してくれることを期待しているようだ。もともとPIFの盟主はオーストラリアとニュージーランドだったのだからオーストラリアにとって見ればかなりの失策と言える。オーストラリアは政権交代があったばかりでアルバジーニー政権は前政権の失策を批判しつつ失地回復を狙うことになる。
そもそもこの地域に中国が介入することを許したのはオーストラリアとニュージーランドの失策によるところが大きいようだ。以前PIFが分裂するという騒動があった。当時の日経新聞の記事はすでに「中国の影響が拡大」することを懸念している。その後を後追い記事がないことから以前オーストラリアはこの地域をまとめきれていないのだろうということがわかる。
では実際には何があったのか。
さらに別の日経の記事にあらましを書いているものを見つけた。PIFはメラネシア・ポリネシア・ミクロネシアの3つの地域からなる。次のPIFの事務総長になるのは親米マーシャル諸島のジェラルド・ザキオス氏だった。だが中国動きクック諸島のヘンリー・プナ氏が名乗りをあげる。穏便にことを収めようとしたオーストラリアとニュージーランドはプナ氏に投票した。ところがミクロネシアの国々がこれに立腹し「PIFを抜ける」と言い出した。アメリカはこれを調停しようとオーストラリアとニュージーランドに改革案を要求している。
アメリカが慌てるには理由がある。ミクロネシア連邦とマーシャル諸島は2023年にコンパクトの更新を控えている。つまり、ここに中国が入ればコンパクトを破棄し「中国に乗り換える」国が出てきてもおかしくないわけである。当然太平洋島嶼の国は「どちらがよりたくさん援助してくれるのか」「政権が蓄財をしても大目に見てくれるのか」という値踏みを始めることになるだろう。厄介なことに安保防衛ではなく国内の治安維持だからという理由で「両方との関係を維持しよう」とする国が出てくることも考えられる。ソロモン諸島と同じやり方である。
どうやらPIFから離反しつつ中国との協定にも土壇場に応じなかったミクロネシアの国々が焦点のようだ。つまり隠れた主役は実はアメリカ合衆国なのだということになる。
オーストラリアABCは2021年2月の「PIF分裂」の記事を書いている。つまりこの問題はオーストラリアでは重く受け止められている。
日本ではあまり大きく取り上げられていない問題だが、オーストラリアの新政権が立て直しに失敗すれば中国が太平洋地域をまとめ日本が外から囲い込まれるということになりかねない。日本とオーストラリアの通商路の間に中国という障壁ができてしまうことになる。
米中対立がここまで激化してしまった以上中国が勢力圏を拡大しようとするのは当然と言える。ただし太平洋地域に中国を盟主とする準同盟的枠組みができてしまえば囲い込むつもりがぐるりと囲い込まれることになってしまうということになる。
そもそもこうした競争自体に意味はないと思うのだが一旦始まってしまった以上は勝たなければならない。エマニュエル・トッド氏のいう「第三次世界大戦」は大袈裟なのかもしれないのだが、自由主義諸国の住民はこの競争のコストをなんとかして支えてゆかなければならなくなってしまっている。
今回の記事はあくまで「中国が合意を得るのに失敗した」と書かれているので何と無く安心な気分になってしまう。だが、日本を取り巻く大平洋はかなり危ない状態になっているようだ。