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エマニュエル・トッド氏によれば第三次世界大戦がすでに始まっている

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エマニュエル・トッド氏が新刊を出す。原題は明らかではないが「第三次世界大戦はもうはじまっている」と言うタイトルで文春新書から2022年6月17日に出版されるようだ。プロモーション活動の一環なのだろうが、各社のインタビューに答えている。たまたま日経が記事を出している記事を前編だけ読んでみた。「第三次世界大戦とは穏やかではない」と思った。

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エマニュエル・ドット氏のもともとの専門は人口動態や家族システム分析である。人口動態によって政治システムが影響を受けると考える点が経済的・軍事的な分析とは違っている。このため一般常識とは違った結論が出ることが多い。

またフランスの知的階層としてアメリカを中心とした世界秩序の維持にも懐疑的なようだ。フランスには自分を理解する層があまりいないと考えているらしく「ロシアによるウクライナ侵攻」に関しての取材は全て断っているという。

このため、日本には独自路線を取れと主張している。その象徴になっているのが一部で評判になった「自前の核兵器保持」である。書かれた時点では「第三次世界大戦が始まるかもしれない」と主張していたが、現在は「もう始まった」と意見が変わったようだ。

トッド氏の言論は読むのが難しい。国家や歴史を人口動態と家族文化で分析しているからである。読み手はここに「どうあるべきか」という価値観を載せてしまうために色々な解釈の余地が生まれる。軍事的独立の象徴は何も核兵器でなくても良いわけだが文春の記事を読むとどうしても憲法第9条や日米同盟と絡めて考えたくなってしまう。

トッド氏はロシアの侵略行動が長期戦・消耗戦の様相を見せるようになったと考えている。この戦いはアメリカ・オセアニア・ヨーロッパ・アジアの四つの大陸とロシアと中国という地域にまたがっているため「第三次世界大戦」とみなすことができる。だが、世界経済は結びつきを完全になくすことができていない。つまり第二次世界大戦のようにはっきりと陣営が別れた総力戦にはなっていないというわけだ。

形がはっきりしない以上この戦争が終結するのはどこかが抜けた時だろうとトッド氏は予想する。それはフランスかドイツである可能性が高い。トッド氏によればマクロン政権のフランスは比較的まとまっているがドイツは反応が分かれているという。ドイツは歴史的にロシアに強硬な姿勢を取ってきたが天然ガスをロシアに依存している。エマニュエル・トッド氏はヨーロッパの経済制裁はヨーロッパにとって副作用が大きく「不条理」だと考えているようだ。これが「フランスで取材を受けない」理由かもしれない。つまりフランスのエリート層の間ではロシアに対する心理的な反発が強まっているのだろうということがわかる。

ヨーロッパでは国の指導者層・高所得のエリートと中低所得者の間に大きな分断がある。そしてあくまでもトッド氏によればだがヨーロッパのエリート層は今回のロシアの動きに動揺しているようだ。1990年代以降積み重ねてきた「東側」の融和的再統合路線がプーチン大統領の暴挙によっていとも簡単に否定されてしまったからだろう。

今後ヨーロッパには東側経済の切り離しという大きな仕事がある。最近で言えば石油の禁輸が決まったがハンガリーが抵抗していたパイプラインによる輸入は容認されることになってしまった。

今のところフランスの民衆はこの対決を自分たちの問題とは考えていないようだ。つまり中間層は「物価高の問題を実感するまでは問題に気がつかないだろう」と言っている。「彼らはウクライナがどこにあるのかもわからない」というのだ。

日本の知識層の受け止めはヨーロッパに比べれば冷静なものだろう。トッド氏の主張は「脱日米同盟」あるいは「日米同盟からの精神的自立」だがこの程度のアイディアを日本の知識層が拒絶することはない。つまり今回の一連の動きが「第三次世界大戦」であると言う差し迫った実感もおそらく日本人にはないだろう。

だが日本には別の問題がある。それが中国だ。トッド氏は中国についてどう考えているのだろうか。トッド氏は中国は大した脅威にはならないだろうと言っている。

中国に関して日経新聞がまとめている記事があるので読んでみた。中国の特殊合計出生率が1.3と極めて低かったため中国は中長期的には脅威にならないだろうと言っている。

ここでもトッド氏は統計学的にアプローチしている。さらに中国が潜在的に抱えている緊張関係についても端的に分析する。中国の権威主義的だが平等の文化もあったため共産主義革命が起きたという。家父長が絶対的な権限を持ちそれ以外の構成員は平等であるべきと言う価値観があるのだそうだ。この二つは緊張関係にあるが人口が減少すれば緊張関係はますます悪化するだろうという。

中でも興味深いのが知的市民階層の立ち上がりである。若者の大学進学率が25%を超えると古い社会システムが崩れるというのだ。中国ではこれからやってくる変化でありどのような状態が生まれるのかはわからない。現在の中国は共産党が家父長であり市民はその家父長の下で平等である。だが高等教育を受けた人たちとそうでない人たちの間には必ず格差が生まれる。おそらく中国はこうした格差を容認できないだろうと考えているようだ。

今後中国は少子高齢化と知的階層の立ち上がりという二つの大きな変化を経験する。民主主義がない状態でこれらの変化を抑え込むのはかなりの難事業になるはずだ。

アメリカでこの変化は1965年に起きた。1980年代のフランスではカトリック思想や共産主義思想が崩壊した。ロシアがこの段階に達したのは1991年のソビエト崩壊前だったそうだ。

トッド氏の解説を待つまでもなく、日本では男女機会均等法の誕生で経済的に自立した女性やそれに理解を示す男性という新しい階層が生まれている。だが、彼らは伝統的な価値観とは折り合うことができていない。いわゆる「保守」というのはこうした高等教育を受けた人たちの価値観を否定し昔ながらの家父長制的秩序を求める人たちのことである。本来はこれに対抗する左派リベラル的な動きが生まれるはずだが、日本の知的階層は社会に対して沈黙し協力しないという道を選んだ。民主党が成功しなかったのはおそらくそのためだ。

結果的に社会は高等教育を受けた人たちを生かしきれておらず経済的な繁栄を享受できていない。法律や慣習が意識に追いつかないため彼らは社会の構築に協力することも子供を作ることも諦めている。

エマニュエル・トッド氏は日本が米中対立により世界が「対立に巻き込まれる」ことを危惧している。あたかもトッド氏のいう「第三次世界大戦」への対応が最も重要な問題のように認識されてしまうからである。

実際に日本が対応すべきなのは少子高齢化による国際競争力の減退や地域社会の崩壊なのだが課題の優先順にを間違えてしまうと過度に安全保障の支出だけが増えてゆくことになるだろう。

これは日本をますます暮らしにくいものにする。さらに少子高齢化が進み日本は「軍事装備品」の支出に耐えかね毎年国から人が消えてゆくという衰退状態に陥りかねない。この沈滞と新しい意識を持った人たちの引きこもりが政府の言っていた「デフレ」の正体なのかもしれないとすら感じる。

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