ざっくり解説 時々深掘り

ロシアの「ハイパーインフレ路線」とその行く末

Xで投稿をシェア

カテゴリー:

ロシアのウクライナ侵攻は「帝国主義回帰」と言えるような前時代的な(あるいは野蛮な)動きだった。だがおそらくそれだけでは終わりそうにない。ロシアはドイツや日本が経験した「ハイパーインフレ路線」を歩みだしている。伝統的な経済学に従うとこの後ロシアが経験するのはハイパーインフレである。では本当にそうなるのか?ということを考えてみたい。ロシアが一国だけ破綻してくれればいいのだがそうならない可能性が高いと思うのだ。

Follow on LinkedIn

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで

|サイトトップ| |国内政治| |国際| |経済|






プーチン大統領はもともと年金改革を行い年金の支給額を下げようとしていた。IMFの支援を受けるようなことになればアメリカなどに支配されるという恐れを抱えていたからである。だが経済制裁されたことで支援を受ける見込みがなくなった。国民の間には厭戦気分が広がっていると考えられておりこのままでは支持が危うくなる。そこで年金の引き上げを約束した。年金だけではなく最低賃金の引き上げなども約束したようである。

これはロシアに限ったことではないのだろうが、専制主義・独裁傾向のある国は中央銀行と権力の関係が近い。つまり原資がルーブルである限り「いくらでもルーブルが発行できる」状態にある。だからロシアは年金の財源に困らない。

だがこれだけでは終わりそうにない。財務大臣が「軍事作戦に膨大な財源が必要」と述べている。これから景気対策もやらなければならない。だが心配はない。ルーブルがいくらでも印刷できるからである。

普通の国では中央銀行がルーブルを印刷しすぎれば「国際金融コミュニティ」からの判決が下る。例えば西側との結びつきがあるトルコではリラ安が起こり国民経済が圧迫されている。場合によっては政権が倒れ親欧米政権ができる可能性もある、またスリランカでは経済が破綻しタンカーが目の前にあっても国内にガソリンがないという状態になっている。

だが、ロシアは二つの理由で「判決」が出ない。つまりある程度閉鎖系経済が回せる国なのだ。シルアノフ財務相も「石油や天然ガスで追加の収入がある」と言っている。

  • ロシアは資源国なので国内経済を回すのに困らない。また、石油・ガスの売り上げを経済対策に充てることもできる。これはスリランカとは違っている。
  • 経済が閉ざされているため西側から物資が入ってこない。つまりモノが足りない。かといって国内で全く何も作れないわけでもないのだから深刻な不足も起きない。これはトルコとは違っている。

実際に西側の経済制裁の影響は表面上は押さえ込まれている。ロシアは景気刺激のために利下げを行うとまで発表した。主要金利が3%下げられ11%になるそうだ。ソ連が崩壊した後のロシアは高いインフレに悩まされた経験を持っている。このため国民はインフレの恐ろしさを知っている。つまり、ある程度の閉鎖体制に移行できたということになる。

これが崩れるのはいつなのか?ということになる。常識的に考えればそれは経済が再び解放された時だろう。日本の例で見るとわかりやすい。

戦時経済化の日本では消費は極端に制限され「配給切符」がなければモノが買えなかった。ところが戦後統制が効かなくなると押さえつけられていた消費意欲が爆発する。円はたくさんあるわけだがモノがないので奪い合いが起こる。こうして物価が高騰を始め旧円も預貯金通帳も紙くずになった。

ドイツのメフォ手形も当初は画期的な資金調達スキームだと考えられていた。ヒトラーはこのスキームを使って戦費を調達しアウトバーン建設などの公共事業も行われた。だがこのスキームには欠点があり最終的に戦後のドイツ経済を破滅させた。メフォ手形の恐ろしいところはその仕組みがあまりにも完璧に見えるために一定期間は効果があるように見えてしまったという点にあった。

ロシアはおそらく「膨大な財源」を準備して国内の生産を軍備に割り当てるのだろう。だがそのお金は海外に持ち出すこともできずおそらく国内で使うこともそれほど簡単ではない。これがどんなきっかけで弾けるのかはわからないが壮大な経済実験が始まったと感じられる。だが、ロシアが経済をある程度閉鎖している状態では歪みが蓄積し続ける。西側の経済制裁は実はロシア経済を切り離すことでロシアを経済破綻から救っていることになる。

逆にここまでやってロシア経済がこの先破綻しなかったのならば「政府が自国通貨をいくら供給しても大丈夫」という先例にはなるかもしれない。「金」や「信頼」によって裏打ちされている経済ではなく「石油・天然ガス」兌換という全く新しい経済である。この場合経済は石油や天然資源が枯渇するまでロシア経済が破綻しない可能性もあるだろう。

つまり閉鎖経済が維持できればこのまま持続可能な経済に移行するかもしれないということだ。

ただ、この「閉鎖系である」という前提も必ずしも正しくないかもしれない。ロシアは中国と通じておりそのほかにもルーブル建てで資源を買っている国があるようだ。こうした金はルーブルを支え、回り回ってアフリカなどに投資されることになるだろう。つまり中国が大きな「アウトレット(水道の蛇口)」になっている。

中国は安いエネルギーをロシアから買う。旺盛な国内市場で消費が拡大される。人民元がある程度国際的な競争力を獲得すれば中国はおそらく何処かの国に投資をしたいと考えるはずだ。投資された国はドル経済ではなく人民元・ルーブル経済圏を選択する。

ドイツのオラフ・ショルツ首相は中国の投資マネーがアフリカの各国の経済を破綻させるかもしれないと言っている。

「グローバル・サウス(南半球を中心とする途上国)で次に起きる大規模な債務危機は、中国が世界中で行ってきた融資が引き金になるだろう。当事国があまりに多いために全体像が見えず極めて危険だ」と主張

中国のアフリカ融資で新たな世界金融危機 独首相

例えばスリランカは中国からの融資を受けて港湾開発などを行なっていた。結果的に腐敗した政権が温存され外貨を枯渇させるのだが中国は債務整理には応じず港の管理権を押収しただけだ。中国の援助は問題を膨らませるという機能を持っている。

シナリオによってはロシアから出た豊富なマネーと切り離された経済は一時的に欧米の援助を代替するかもしれない。やり方は違っているが大きくなった中国の消費市場はここでも歪みや問題を破綻しないままに膨らませる効果を持っている。普通に考えて単なる破壊活動である戦争が経済を代替することなどあり得ないのだが、一時的にそれが成立・持続してしまった場合「この先どうなるか全くわからない」という不安が生まれる。

仮に中国が資源国であるロシアを取り込むことに成功した場合、中国は「西側の智恵」を獲得し「ついに基軸通貨発行権のある国になれた」と喜ぶはずである。豊富な資源を持った国と旺盛な投資意欲のある国の組み合わせはあたかも世界経済のミニチュア版だ。だが、残念ながらそこには経済の暴走を抑え込む安全装置がない。

中国の経済援助は政府の透明化を促進しない。結果的に未熟な政権を持った国の財政が破綻し経済危機を招く可能性は高いのだがロシアが直接的な関与をしているわけではなく中国もおそらく責任を取らないだろう。

西側世界は経済制裁によってロシア経済を切り離すことには成功しつつある。だがその一方でエネルギーと消費市場という切り離された経済系を作り出す。これがうまくゆけばこのまま破綻せずに新しい経済系が誕生するかもしれない。だがその一方でこれが典型的な戦費拡大によるハイパーインフレ路線であるように見えるというのも確かなことだ。我々は今後どうなるかが全くわからない未知の実験室を作り出してしまったように思えてならない。

ハイパーインフレスキームはそれが崩れるから恐ろしいのではない。それがすぐさま崩れないから恐ろしいのだ。

コンテンツのリクエストや誤字脱字の報告はこちらまで