New York Timesが「イスラエルはイラン革命防衛隊のサイアド・ホダイ大佐の暗殺をイスラエルに知らせていた」と報道したと時事通信が伝えている。時事通信の記事は非常に短く背景事情がよくわからないので背景を調べてみた。イスラエルとイランの間には緊張が高まっておりアメリカが巻き込まれる危険も出てきたということのようだ。アメリカは厄介な火種をまた一つ抱え込むことになった。
もともとアメリカ合衆国は世界の警察官をやめて軍事費の支出を減らそうと考えていた。ただし中国の国力が増してきているので対中国シフトにリソースを集中させるつもりだった。ところがその戦略はアフガニスタン撤退で歯車を狂わせてゆき今に至る。つまりバイデン大統領の政策は全体的に失敗しつつある。あとは中間選挙までにどれだけ失点を回復できるかが勝負だ。失点が回復できなければ議会はねじれる。議会はねじれるが大統領は民主党のままだ。これは日本の防衛・安保にとって「空白の2年」になりかねない危険な状態である。
ロシアのプーチン大統領はアフガニスタン撤退を見て「アメリカの役割が限定的になるかもしれない」と考えるようになる。この後「NATOが直接攻撃されない限りウクライナには手を出さない」とバイデン大統領が宣言したのが最終的な決め手となりウクライナへの侵略行為が始まった。
積極的な台湾関与発言を見てもわかるようにバイデン大統領は従来の中国囲い込みも放棄していない。半導体の生産基地として台湾を必要としているためだ。アメリカと台湾はIPEFとは別枠で経済協力の枠組みを作る予定になっている。
バイデン大統領の外交は二正面作戦になってしまっているのだが、問題はそれだけでは収まりそうにない。もともと国内が二極化しており反バイデン・反民主党政権の人たちをまとめきれていない上にアラブ・イスラエル・イランの関係も複雑な動きを見せるようになった。つまり問題が拡大しているのだ。
アラブとイスラエルの間にはトランプ政権時代にアメリカの仲介で雪解けが進んでいた。一方でイランの核開発の問題は棚上げになっていた。バイデン政権はイランの取り込みが急務だと考えた。ロシアのウクライナに侵略するかもしれないと考えられていた時に「代替エネルギーの輸入先」としてイランが期待されていたのだ。これがウクライナ侵攻前の状態である。
ところがイスラエルはこの流れに反発する。対抗勢力のイラクに核兵器を持たれるとイスラエルが持っていた核保有国としての潜在優位性が失われてしまうことになるだろう。かなり強く抗議したようである。
イランは核合意のテーブルに戻るためにはイランの革命防衛隊のテロリスト排除が条件だとアメリカに要求を突きつけてきた。結局、バイデン大統領は「革命防衛隊をテロリストのリストから除外しない」と判断した。イスラエル政府がどのような働きかけをしたのかあるいはしなかったのかということは伝わっていない。
バイデン大統領の弱さはこの辺りにある。当初の意気込みはいいのだが結局周囲からの協力を得られず途中でやめてしまうということが非常に多い。
ロシアのウクライナ侵攻は現実のものとなりアメリカやヨーロッパは代替エネルギーを必要としている。一方で経済制裁の影響でイランの民衆のフラストレーションもたまっている。これがイランの革命勢力にプレッシャーを与え「対米融和」路線に進む可能性もある。つまり交渉のテーブルに戻ることにはメリットが多い。だが交渉のテーブルがなくなれば逆に追い詰められたイランが急進化する可能性がある。バイデン大統領がディールをまとめないことを選んだためイランはおそらくこの先急進化路線を進むことになるだろう。
最近ではロシア産の原油を積んだイランのタンカーがアメリカに拿捕されている。イランは対抗策としてギリシャのタンカーを拿捕した。こうして対立は別の国を巻き込んで波紋を広げてゆく。
一方イスラエルもこのところ困難な状況にある。ネタニヤフ氏を首相の座から追い落とすことには成功したが与党にはまとまりがなく最近少数与党政権に転落したばかりだ。民族主義的な動きを活発化させるようになりパレスチナの締め付けが激化している。先日パレスチナ系アメリカ人のジャーナリストが殺されたことでアラブ系のメディアは反発を強めていた。
そんな中、何者かに革命防衛隊のサイアド・ホダイ大佐が殺された。イラン側は激しく反応し「復讐」を誓う声明を出した。この中で犯人と名指しされたのがイスラエルだった。つまりこの時点ではイランとイスラエルの問題だった。だが、イスラエル側の行動はアメリカへのアピールだった可能性がある。イスラエルはわざわざアメリカにそれを伝えていたのだ。そしてNYTはわざわざそれをリークして世界中に発信した。結果的にイスラエルとアメリカの関係が世界に知られるようになったのだがその意図はよくわからない。
電子版の記事を読むことができるので読んでみた。ヘッドラインはIsrael Tells U.S. It Killed Iranian Officer, Official Saysとなっている。イスラエルはアメリカにイランの将校を殺したと伝えたという内容だ。
A spokeswoman for the Israeli prime minister declined to comment on the killing. But according to an intelligence official briefed on the communications, Israel has informed American officials that it was behind the killing.
Israel Tells U.S. It Killed Iranian Officer, Official Says
時事通信は「伝えていた」となっているので「事前に伝えていたのだ」と思い込んでいたのだがNew York Timesの記事は「イスラエルはアメリカの当局者に殺害の背後にはイスラエルがいると伝えた」となっている。つまり関与をほのめかしただけで「事前報告」か「事後報告か」はわからない。いずれにせよこれでイスラエルの意図は明確になった。妥協するつもりはないという決意表明だ。だがアメリカ合衆国政府がそれを発表しなければイスラエルとアメリカの関係が世界的に知られることはなかっただろう。これを周知させたいという人がいるわけである。
是々非々で物事を進めるトランプ政権は確かに乱暴なことをやっていた。だが少なくともバイデン政権のように状態をエスカレートさせることはなかった。バイデン政権とその関係者は調整や調停に失敗すると相手を声高に非難して問題を荒立てる傾向がある。さらに問題が片付かないうちに別の問題を作り出し周りを巻き込んで問題を大きくする。
バイデン大統領は今回の韓国と日本の訪問で中国を刺激し「言い間違い」を駆使して台湾情勢を煽っている。これを心強いと感じる日本側からは6兆円後半ではなく7兆円だという景気のいい発言も飛び出すようになった。
つまりアメリカは「世界の警察官からの撤退」と同時に状況を煽っており「警察官なき危険な状態」が常態化する可能性がある。一般的な傾向としては欧米と文化的に近いヨーロッパの国が優先されることになるため、場合によっては極東・東アジアまでは手が回らないということになるのかもしれない。そうなると実際にかなりのお金を使って自分たちの身の安全を日本単独で守るということになるだろう。防衛費増強を決めるならそれなりの覚悟が必要だ。
自民党内にもバイデン大統領の発言に刺激される人たちが出てきたのだが、岸田総理は何を考えているのかよくわからないところがある。結局はこの曖昧さだけが事態のエスカレートを防ぐというとても不思議な状態になっている。