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スマホでかろうじて社会とつながっていた青年が小学生19人と先生2人を道連れに

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アメリカ合衆国テキサス州のユバルディという小さな町で銃撃事件が起きた。小学生が19名と教員が2名なくなった。容疑者のサルバドール・ラモス(Salvador Ramos)は18歳だった。吃音傾向があり家が貧しかったことをからかわれ不登校になっていたという。ユバルディはメキシコ国境に近くヒスパニック系の住民が多かった。バイデン大統領は銃規制の必要性を訴えた。

ここまでは日本の報道で伝えられている通りだ。小学生が大勢銃撃されたのだから銃規制について考えるのは当然だろう。

ところがこの後が報道されていない。アメリカではなぜか容疑者に焦点が当たらず民主党と共和党の罵り合いに発展している。記者が大勢いる機会を捉えてパフォーマンスを行う政治家も出てきている。

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事件のあらましがわかってきた。容疑者は貧困と言語の問題で(吃音とされる)いじめを受けていた。アルバイト先でもほとんどコミュニケーションを取っていなかったという。ある日一緒に住んでいた祖母がスマホのことでAT&Tに電話をかけていた。どんな話だったのかはわかっていない。カッときた青年は「祖母を狙う」とスマホ友達に宣言した。あとは報道されている通りである。CNNが詳細を伝えている。

CNNの別の記事を読むと青年には社会とのつながりはあまりなかったが「銃による一発逆転」は考えていたようだ。スマホでつながっている知り合いはいた。テキサス州は拳銃やライフルが比較的簡単に手に入る地域だ。携帯が可能な拳銃にはそれでも規制があったが緩和されつつある。一方でライフルの方は比較的容易に手に入るようだ。

言語表現が苦手な青年が銃に傾倒してゆくというのが「異常」なことなのかはよくわからないが、銃が簡単に手に入る社会は異常だと思う。

よく知られている通りアメリカ合衆国の政治と政治言論は民主党と共和党に大きく分断されている。言論の自由がよく守られており規制の緩やかなケーブルテレビが普及しているため民主党支持者たちはCNNなどを視聴し共和党支持者はFoxNewsなどを見ている。つまりメディアが中立性を求められることが少ない。

民主党側は今回の件で銃規制の必要性を訴える。日本人の常識とも合致するのでこちら側の主張はよく取り上げられている。今回もバイデン大統領のスピーチなどをテレビで見たという人がいるはずだ。だがカウンターになる共和党側の主張はあまり取り上げられていない。そこでFoxNewsのYouTubeを見てみた。

FoxNewsは今回の件を

などと伝えている。

この「元ルテナン(警部補)」は多くの小学校は武装されておらず敵から襲われた時の演習などもないということを問題している。小学校は常に悪い奴に狙われているのだから予算を拡充して武装する必要があるというのである。また今回のフェンスは脆弱だったのだが予算の関係で十分な柵が作れないことが多かったと嘆く。さらに政治家の襲撃事件がSNSでほのめかされたらすぐに厳しい捜査が行われるはずなのにこうした重大犯罪が計画されてもそれを検知するアルゴリズムはないと指摘している。

これは一種の戦争のように捉えられている。日本では自衛隊を軍隊に格上げしたい人たちによく見られるマインドセットだがアメリカは一般のレベルでもこうした議論があることがわかる。

アメリカは根強いロビー活動の影響で銃規制が難しいと思われがちだ。確かにそうなのだろうが一般の支持がなければここまで銃ロビーが支持されることはないだろう。この議論だと「小学校が襲われたのはむしろ武装が足りなかったからだ」となる。だからもっと予算を増やして重武装しろという結論が生まれる。冷静に考えると「教育カリキュラムを削ってフェンスや警備員の費用を捻出するようになるのだろうな」とは思うのだがそうした議論は見られない。

彼らがそこまでして銃規制に反対するのはどうしてだろう。それは全米ライフル協会(NRA)の陰謀なのだろうか。別のYouTubeフッテージも見てみた。アメリカが無茶苦茶になったのはバイデン大統領に代表される「アメリカの精神を破壊する人たち」にあるという根強い被害者意識があるのだ。この声を代弁してみせるのがタッカー・カールソン氏だ。

カールソン氏は「バイデン大統領はまず(アメリカの良識である)信仰心に従って国民を団結させるべきだった」と指摘したうえで容疑者についてよく分かってもいないのに問題を即罪に政治化し国民を分断していると非難している。バイデン大統領自身も子供を亡くしているのに(彼らが期待する)同情心を寄せなかったということが問題になっている。つまり合理的な問題ではなく心の問題だと捉えられているのである。

タッカー・カールソンは民主党支持者からは蛇蝎のように嫌われているが理由がわかった。アメリカ人の知識階層が持っている「人間は合理的であるべきだ」という心情を否定しているからだろう。このフッテージでも、バイデン大統領の信仰心のなさを批判し自分の野心のために銃規制を訴えていると決めつけている。アメリカの精神がどんなものなのかということは一向に語られないがそれさえ取り戻せばアメリカは昔のように穏やかな社会になるといいたいのかもしれない。

バイデン大統領は自身の体験を踏まえ「家族をなくすのは誰にとっても辛い体験である」と語っている。またCNNは容疑者の人物像や背景に迫ろうともしている。しかし被害者意識で満たされたFoxNewsにはもはやなんの興味もない話なのだろう。簡単に銃が手に入ることで大勢の小学生が亡くなったと言う事実は無視され、予算が足りないこと、バイデン大統領に(彼らが望むような)宗教心がないことが強調されている。

ただし、このタッカー・カールソン氏が視聴者の支持なしにこうした主張を繰り広げると考えるのは早計だろう。NRAも国民の支持があるからこそロビー活動が展開できる。共和党の支持者の中には「アメリカの価値観がバイデン大統領や民主党に寄って脅威にさらされている」という強烈な危機意識と被害者感情があるのだろう。

こうした一人ひとりの被害者意識や戸惑いが「アメリカの建国の精神」や「キリスト教の精神」という大義と化学反応を起こせば大きな力になるということを彼らは知っているのだ。

別のフッテージの中では「生きる意味が見出せなくなった」という言葉が使われていた。政治は問題の解決手段ではなく「生きる意味」を取り戻す運動になっているのだが、これは宗教の領域である。

銃武装と言うのは彼らが独立戦争で勝ち取った成果でありアメリカの根幹をなす重要な価値観である。バイデンはそれをなんらかの理由で無慈悲に奪い去ろうとしていると言うことになる。つまり「アメリカ」という宗教を取り戻す戦争が展開されているのである。

このアメリカを取り戻す戦いは知事選挙によって決着がつく。

テキサスでは2021年9月に銃規制が緩和されている。公共の場で誰でも政府に指図されることがなく自由に銃を持ち歩くことができると言う仕組みに変わったそうだ。これがグレッグ・アボット知事の考えるテキサスの自由である。銃を携帯できるのは21才以上の住人で特定の犯罪の前科がある人は除かれているそうだ。だが今回の容疑者が18才でライフルを合法的に持てたことを考えると「そもそも拳銃よりもライフルの方が規制が緩かった」ということになる。

今回の件についてグレック・アボット知事が銃規制について見直そうなどと主張することはなさそうだ。今回の件については「理解できない」と語ったとBBCが伝えている。

では民主党側に全く問題がないのか……ということになる。テキサス州は知事選挙を控えている。伝統的に保守傾向の強い典型的な南部の州でメキシコ移民に対する強い対策が求められているという政治状況だ。ベト・オローク元下院議員はテレビ局が大勢集まっていることを聞きつけ派手なパフォーマンスに打って出た。記者会見の場所で知事に抗議をしたあと記者たちに持論を展開したそうだ。こちらはBBCが伝えている。

状況を整理する。

  • 青年はおそらくなんらかの理由で孤立していた。ヒスパニック系移民の子孫たちが経済的に優遇されていないことは明らかだからこれは社会階層の問題だ。
  • 「生きる意味」を失っているアメリカ人たちは「アメリカの価値観を取り戻せ」と訴え、実際に目の前で起きている社会的問題から目をそらす傾向がある。
  • 生きる意味を取り戻す運動の結果たどり着いたのが建国の歴史である。だが問題は単純化されていて「銃で武装する権利」になっている。
  • これを政治的に利用したい候補者が演劇的なパフォーマンスで対決姿勢をあらわにする。合理主義を掲げて敵対勢力を刺激する。挑戦された陣営もますます持論を強固なものにしてゆく。

結局、青年の問題は忘れ去られ、亡くなった小学生や一生トラウマを抱えて生きてゆく小学生たちの問題は相対的に弱い問題ということになってしまう。

これをアメリカの問題と考えるのは簡単なのだが。日本がアメリカのような状況に陥らないためにはどうすればいいのか?とついつい考えてしまう。アメリカのようになってしまえば政治議論による問題解決はほぼ不可能だ。

日本はどの程度この状況に近づいているのかがよくわからないと感じる。

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