バイデン大統領の韓国・日本訪問が終わった。話題になったのはバイデン大統領の「台湾防衛宣言」だったがバイデン大統領はのちに「台湾政策に変更はない」と従来の姿勢に軌道修正した。クアッドも特定の国を念頭に置いているわけではないとし中国とロシアの名指しが避けられた。
日本側は「防衛費の相当額の増額」を約束した。安倍元総理や茂木幹事長などの党内有力者たちからは「6兆円台後半」という具体的な数字も飛び出しているそうだ。一方で政府側は具体的な数字は念頭にないとこの数字を否定している。選挙を見据え数字が一人歩きするのは避けたいという思惑があるのではないかと思う。
読売新聞はこの相当な増額はロシアによって刺激されるであろう中国を抑止するために是非とも必要な出費であると説明している。他にもいくつか合意事項はあったがヘッドラインに用いられたのは防衛費増額だったことから読売新聞がこのコミットメントを特に重要視していることがわかる一方で額についての言及は行われていない。
ロイターによると岸田総理はクアッドの会合の後「狙いは自由で開かれたインド太平洋」について議論する場所であり特定の国を対象にしているわけではないとして対中国包囲網であるとの見方を公式は否定した。今回の一連のバイデン発言に中国が敏感に反応しているため中国に一定の考慮したものと思われる。
だが読売新聞の事例でわかるようにニュースでは盛んに「中国を念頭に置いた」と報道されている。このため「本音は中国囲い込みにあるが外交上それを言わないだけだろう」と考える人が多いのかもしれない。解釈は人それぞれ自由に行える。
ロイターは安倍元総理が「相当増額とは6兆円台後半ではないか」と都内の会合で語ったと伝えている。安倍元総理の発言は党内外に影響が大きい。このため経済的なインパクトを探りたいロイターとしては具体的な数字が気になるのかもしれない。この発言をいいように解釈すれば「選挙を控えて具体的な数字は言いにくいだろう」という意味での岸田総理に対する援護射撃である可能性がある。一方で不用意にハードルを作ってしまったとも考えられる。この額を大幅に下回った場合は安倍元総理を支持する人たちをがっかりさせる結果になってしまうからである。
ただ具体的な額を既成事実化しようというのは安倍元総理だけではない。茂木幹事長も茂木派のパーティーで「6兆円半ば」の獲得に意欲を示した。どれくらいが6兆円代後半でどれくらいが半ばなのかはわからない。数千万円といえばそれでもかなりの金額だが、おそらくはもう誤差の範囲だと思われているのだろう。こちらは共同通信が伝えている。党内向けの発言なので選挙を意識したものと考えられる。
安倍元総理は財源は国債で構わないとも発言している。日銀の思ったような形で景気が上がらないなかで政府が主導的な立場をとって景気対策をすべきだという声は根強くある。いわゆる上げ潮派と呼ばれる流れである。上潮派にとってみれば、おそらく「究極の景気対策」という意味合いもあるのだろう。人口が減少する中で公共事業で地方に分配することはなかなか難しくなっている。公共事業でいちいち費用対効果を計測するよりも防衛費で一挙に増額した方が効率がいいと自民党の関係者が考えたとしても特に不思議はない。
久々の「大型プロジェクト」に高揚しているのは派閥の領袖だけではないようだ。自衛隊出身で現在外交部会の会長を務める佐藤正久部会長は「バイデン 大統領の台湾防衛発言は大統領の本音であろう」と評価したそうだ。佐藤さんが「最高の失言」とバイデン大統領を称えたと産経新聞は書いている。共同通信は誰が「最高の失言といったのか」はぼかしている。いずれにせよ、自民党は今回の失言を「追い風」と捉えているようだ。
自民党はかなり浮き立っているようである。バイデン大統領の今回の訪問を選挙の勝利につなげたい。大型の「公共プロジェクト」ということになれば選挙キャンペーンには使いやすいテーマである。戦争反対を訴える人もいるだろうが「抑止のためにやっている」との反論が用いられる。
だが実際に戦争が始まってしまえば犠牲は均等ではないというのもまた事実である。
ロシアでは貧困地域の若者が大勢戦争に駆り出されてなくなっているそうだ。主にロシア南部やシベリアの少数民族が多く含まれているという。これらの地域は未来の地域建設に貢献するはずだった若者を大勢失った。こうした現実を見た後で戦争を肯定できる人はいないのではないかと思うし、ウクライナ侵攻はいかなる理由があっても正当化されるべきではない。
いかに大きな大義があろうとも戦争は避けなければならないし刺激する材料を作るのは中長期的には得策ではない。結局「ギリギリのところで緊張を保ち続ける」などということは誰にもできないのだ。
こうして自民党党内外が盛り上がりを見せる中、松野官房長官は「現在新しい国家安全保障戦略を作っているから数字は決まっていない」と特定の金額ありきの議論を牽制した。つまり政府としては6兆円を否定した形になった。確かに最初に金額が出てきてしまうと「財源は捻出できる」という了解が生まれてしまう。すると「その額を別のところに回せ」という議論につながってしまうだろう。ワイドショーなどではすでに「GDPの1%があれば何に使いますか?」というようなことを識者に語らせる番組を作っているところがある。
不思議なもので金額を語るだけで「あたかもお金を手に入れたような」気分になってしまうのだ。
国内のインフレ対策に苦慮し中間選挙での苦戦が予想されるバイデン大統領がこの先今回の一連の発言を議会に説得できるかは未知数だ。中間選挙後にはさらに議会運営が難しくなるかもしれない。しかし、一連の報道を見る限り一連の「中国を念頭に置いたと思われる」発言は自民党内では歓迎ムード一色で迎えられたようである。
岸田政権は依然具体的な金額を提示していない。選挙の前に具体的な数字が公表されるのかを含めて引き続き注目が必要である。日本の世論がこの一連の動きにどう反応するのかはこれからわかるのだと思う。