急激なドル高(日本から見ると円安)に嫌気したG7が協調して為替介入をすべきだという構想が取りざたされ始めたとBloombergが伝えている。ドル急上昇で1980年代型のプラザ合意が市場の話題に浮上というタイトルがついている。現在は単なる構想レベルだが周囲との金利差が開きドル高が制御できなくなった場合にはプラザ合意に倣い協調介入を行う可能性が出てきた。
記事が想定する警報ラインは1ユーロ=0.9ドル、1ドル=150円だそうだ。つまり現在はまだ「そういう手段もある」という着想のレベルであり現実的な議論は行われていない。
1970年代のアメリカのインフレは市民生活を圧迫していた。このためFRBのボルカー議長は超タカ派的な金融引き締めを実施した。資金調達できなくなった企業が倒産するなどの副作用もあったが結果的にインフレが止まったため「中央銀行が政治から独立するのはいいことである」という認識が定着した。すでに別の投稿で研究したとおりこれが「ボルカー・ショック」である。
このボルカー・ショックで金利が上がったために世界の資金は高金利を期待してドルに集まりドルの価格は急騰した。一方で高金利に苦しむアメリカ企業は投資が難しくなり輸出産業も成り立たなくなった。レーガン政権は景気対策として財政支出を増やさざるを得なくなった。これがレーガン政権時代の「双子の赤字」である。バイデン政権はこのころの懸念を払拭すべく「アメリカはスタグフレーションには陥らない」と繰り返し発信している。
アメリカでは双子の赤字を発生させたプラザ合意だが日本にどのような影響をもたらしたのだろうか。
プラザ合意発表後には1ドル235円だったが一年後には150円にまで落ちた(円から見ると円の価値が上昇した)そうだ。かなり急激なショックだがそれだけ日本の経済的な実力が上がっていたということになる。だが1ドル360円という優遇環境に慣れてきた日本は円高=国民経済にとって悪という認識を持つようになった。
円高の進行を懸念した日本銀行は金融引き締め政策をとった。こうなると経済が停滞するように思われるのだが、実際にはそうはならなかった。余剰資金が不動産や株価に流れることで「バブル景気」が起きた。つまり、日本では円高を背景に輸出企業の交易条件が悪化したが国民はそれを実感することができず却って「景気が良くなった」と錯誤することになる。企業は「経理部」の他に「財務部」を作り営業利益より営業外利益の方が多いという「財テクブーム」が起きたほどだった。
このバブルがはじけることで「失われた30年」という今に続く経済状態が生まれた。そもそものきっかけになったのがこのプラザ合意だといえる。
プラザ合意の時点の為替介入国はフランス・イギリス・アメリカ・日本・西ドイツの5カ国だった。Bloombergの記事は「G7」と書いているが、実際に通貨を持っているのはEU、アメリカ、イギリス、日本、カナダである。
協調介入をすることによって各国の為替介入が「通貨安競争」に発展することを防ぐ狙いもある。現在鈴木財務大臣は「為替水準については日銀が決めることだ」という姿勢を崩さないのは基本的に単独の為替介入が国際的な調和を乱す行為だとされているからだ。日本と中国は引き続き「為替介入の監視国」としてアメリカから警戒されている。つまり岸田総理がヨーロッパと協調して国際的合意を結ばない限り政治による為替介入が行われる見込みはない。イエレン財務長官に鈴木財務大臣が「ご説明」したくらいでは政治介入は許されないのである。
このような難しい問題はさておき気になるのは「いったいどれくらいの水準になると具体的な議論が始まるのだろうか?」という点である。Bloombergはしっかりとその辺りも抑えている。記事の中で紹介する識者たちによればそのラインとは1ユーロ=0.9ドルであり、1ドル=150円程度であろうということだ。
詳細はぜひBloombergの記事を読んでいただきたい。簡潔に書かれているので市場関係者のニュアンスを頭の片隅に入れておいても損にはならないだろうと思う。