日本型PBC 岸田総理が提唱する「公益重視の新たな会社形態」が盛り上がらないわけ

日経新聞に小さな記事があった。岸田総理が自身が考える新しい資本主義政策を推進するために「社会的な課題解決のための新しい会社形態」を検討しているというのだ。アメリカにあるパブリック・ベネフィット・コーポレーション(PBC)を参考にしたという。名前はついていないが仮に日本型PBCと呼んでおきたい。今回は日本型PBCの背景を勉強し盛り上がらないわけを考える。






日経新聞によると日本型PBCの利点は「短期的な利益を目指す株主にとらわれず中長期的な事業に注力できる」ことだ。また海外にはESG(環境・社会・企業統治)マネーの受け皿になることが期待される。

記事をざっと読む限り「SDGs」と呼ばれる社会貢献型の企業活動を日本に定着させたいという狙いがあるようだ。また、新しい資本主義の中にはNISAを拡大し預貯金を投資に還元させるという政策も入っている。広く国民にSDGs型企業を支援してもらいたいという狙いがあるのだろう。

これだけを読むと「いいことなので是非やってください」という気持ちになる。日本の会社は自分たちの「儲け」ばかりを気にしていて社会貢献が少ないと思うからである。だが実際にそれに参加したり投資したりしたいか?と言われると「盛り上がったら考えます」ということになってしまう。

この中に「公益型資本主義」という言葉が出てくる。安倍内閣時代に内閣参与を務めた原丈人という人の考えが多く取り入れられているようだ。ロイターが紹介している記事を見つけた。

株主偏重の現在の資本主義を脱却し「社会還元型」の企業風土を醸成すべきだというのが原さんの主張だ。原さんは問題の元凶は短期利益還元型の現在の資本主義制度にあると指摘する。日本企業が「地域や従業員のことを一番に考える」本来の姿勢に立ち戻る日本型の資本主義に戻りさえすれば日本は再び豊かになるということなのかもしれない。

これが株主資本主義から公益資本主義への転換という主張になっている。主張としてはまとまっており筋も通っている。

だが原さんはこうも言っている。具体的に国民を豊かにするアイディアがないのである。

原氏は、岸田政権が昨年10月に立ち上げた「新しい資本主義実現会議」から国民を豊かにする具体案が出てこないとし、「期待外れだと思っている人もかなりいるといろいろ聞いて感じる」と述べた。「株主資本主義的な考え方がいっぱい出てくる」と語り、岸田首相は「所得倍増」を実現する案を待っているとした。

株主偏重の転換を、「新しい資本主義」へ具体案必要=原・元内閣府参与

おそらくこれが岸田総理の政策が盛り上がらない理由なのだろうなと感じた。

池田勇人の所得倍増計画は下村治のアイディアが元になっている。闇市の活況を見て「これを国全体に広げれば経済は爆発的に成長するだろう」と考えた。これに池田勇人首相が「給料が二倍になる」というスローガンをつけたためにマスコミに広く浸透した。そして実際に給料が上がり始めたところで人々はその政策を信頼するようになった。つまり、人々は「わかりやすいスローガン」を聞いた上で「実際の成果を見て」初めて所得倍増計画を信じたのである。

国民はここまでやらないと乗ってこないのだ。

一方の原さんは「国民生活を豊かにするアイディア」は持っていない。岸田総理にはたくさんアイディアがあると言ってはいるが岸田総理からそのアイディアが提示されることはない。実際にはどこかから「アイディアが降ってくるのを待っているだけ」のようだが、それが誰なのかも明らかにしていない。おそらく手持ちのアイディアがないので「実はすごいアイディアがあるんですよ」と言っているだけなのではないかと疑ってしまう。

結局、皆が待ちの姿勢なので何も始まらないということがわかる。

岸田総理は自民党どころか自派閥の掌握にも苦労しているようだ。宏池会の会長に止まったままで毎回の会合にも参加しているという。

池田勇人時代の自民党には大蔵省出身の官僚経験者が多くいた。彼らは同じ文化を共有していたために意思疎通が容易だった。だが現在の自民党の派閥には選挙互助会的な性質がある。このため派閥は常に何らかのベネフィットを提供し続ける必要がある。一方で思想や構想は浸透しない。だから一つの価値観を元にしてアイディアを出しあうということができなくなっているのだろう。

現在の株式市場はアメリカの金融政策に連動して動く傾向が強い。さらに個人投資家に限って言えば増える見込みのないなけなしの収入を増やすために投資する個人投資家と老後資金をできるだけ減らさないように少額の株式を購入するという一部の高齢者によって支えられている。NISAの制度を少しいじったくらいで投資傾向が大きく変わるとも思えない。

それでも海外から「ESGマネー」と呼ばれるものを引き付けられれば日本型PBCは活性化するのかもしれない。だがアメリカの投資は現在回収段階にある。アメリカもヨーロッパも徐々に金融緩和策を縮小させると言われているからだ。つまり岸田総理は遅れて入ってきたということになる。

このように考えると、少なくともしばらくは岸田総理が考える新しい資本主義は根付きそうにない。岸田政権が安倍政権並みの安定政権になれば5年後には形になったということがあるのかもしれないのだが、一般的に日本の政権の寿命はそれほど長くない。

日本型PBCの日経新聞の記事を読むとコメンテーターたちもあまりこの制度には期待していないようだ。日本の経済停滞の原因は生産性の低下と産業構造の転換に失敗したことにあることは明白なので岸田総理の提唱する日本型PBCは解決策にならないだろうと言っている。

確かに日本に根付くことのなかった「公益」という言葉を浸透させる努力をするよりも、成長しなくなった古い枝のような企業を整理して下から新しい枝が伸びてくるのを期待した方が手っ取り早いように思える。つまり「新しい資本主義」を追求するよりも「今までの資本主義」を何とかした方が手っ取り早いのではないかと思われる。

日経新聞のコメンテータたちも「既存の会社制度のもとでのSDGs推進に力を入れるべきだ」と主張している。アメリカ合衆国にはこうしたSDGs型の企業を自分のイデオロギーとして応援している人たちがいる。例えば環境に優しい企業の製品を使いそれを人にも勧めるというような人たちである。日本はどちらかと言えば低価格重視の傾向が強くSDGsは余裕がある人が善意をひけらかすための道具という印象だ。

余裕のない市場に善意を元にした企業が育つ余地はない。解決するためにはまず給料を上げたり、消費税減税や社会福祉負担を減らして国民の生活を豊かにする必要がある。高齢化が進み政治が高齢者を優先する中でこうした主張を政治的に通すのは非常に難しいだろうとは感じるのだが、それをやった後でないと「余剰資本を善意に投資しよう」という社会にはならないだろう。

岸田総理がやりたいことを持ってそれを追求するのは悪いことではない。ただ、それを「成長の柱」として経済構想の真ん中に持ってきてもらうのは困ると感じる。消費税や過大な社会保障で弱り切った消費者を再活性化したり、枝が混み合って枯れ込んできたために新しい枝が生えてこなくなった企業環境の再活性をしたりと、本来なすべき政策がおろそかになってしまうからである。

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