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イギリスがEUとの協定を一部破棄へ – ハードブレグジット問題再燃の恐れ

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イギリスがEUとの離脱協定の一部を破棄するための法案の審議に入った。つまり全部の破棄が確定したわけではなく「英領北アイルランドに関する特別通商ルールを大幅に変更する意向」を表明したというのが現段階の正確な表現になる。AFPは「貿易戦争に発展する恐れがある」と指摘している。

現在EUは対ロシアに向けて結束を図らなければならない難しい局面だが内外からの離反にさらされている。つまり難しい局面であることには変わりはない。またイギリスは国際的に約束したことを守らない国という批判にさらされることになる。

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AFPによると破棄される可能性があるのは北アイルランド議定書と呼ばれる項目でブレグジット協定の全部ではない。

北アイルランドはイギリス(連合王国)の中で唯一EUと陸の国境を持っている。この地域で通関手続きが複雑化すると島内の流通が混乱しかねない。かといってアイルランド島とブリテン島の間に国境を引くと国内に「実質的な国境がある」状態になる。このため緩和措置が取られていた。緩和措置があったもののやはりある程度物流は混乱した。また国境問題が意識されたことで地域内の世論が刺激されたため2021年4月には暴動も起きている。

こうした混乱を最低限に収めるためにEUとイギリスの間には「北アイルランド議定書」が結ばれた。EUはこの議定書を確定させたいがイギリスは状況が変化したら見直しができるという制度にしたい。イギリス側から見ればせっかくEUから再独立したのに一部でEU支配が確定するように見えてしまうからである。

離脱後すぐには「ソーセージ戦争」と呼ばれる争いがあった。この時にはEUが7月に例外措置の延長を決め10月にはイギリスに有利な形で妥協が図られた。妥協が図られた時には「停戦合意」などと報じられた。

状況が大きく変わったのは2022年5月初旬に行われた地方選挙だった。パーティーゲート問題で揺れるジョンソン首相率いる保守党は苦戦が予想されていた。北アイルランドでは南北アイルランド統合派のシン・フェイン党が躍進し政治状況が大きく変わった。北アイルランドをイギリスに残留させたいユニオニストと呼ばれる人たちの影響力が弱まったことでイギリス政府側が何か対策を講じるのではないかと予想されていた。北アイルランド域内のユニオニストたちを支援しつつイギリス本土の政治的結束を高めることで政権浮揚につなげたいという意図が見え隠れする。

今回の合意破棄の影響はよくわかっていない。つまり「協定なしの離脱で何が起こるかわからない」とされていたハードブレグジット問題が再燃した形になる。フィナンシャルタイムはすでに「EU側が宣戦布告していた」と書いている。正確なタイトルは「[FT]EU「英国が北アイルランド議定書を破棄なら報復」」である。つまりある程度予測されていた動きであったということになる。

選挙に負けたユニオニストは協定を破棄しイギリスとの一体化が図られなれば地方議会に参加しないという強硬な姿勢を示していた。またアメリカのビル・キーティング下院議員(民主党)は協定の保証人として参加しており「イギリスの一方的な協定破棄はイギリスの国際的価値を毀損するだろう」と言っている。アメリカにとって見れば、対ロシアで一致団結しなければならない時にEUとイギリスでいざこざが起こることは好ましくないのは明らかである。キーィング氏は「危機的状況で我々は後戻りできない局面に近づいている」と分析していた。

EU内外の状況はブレグジット当時よりもさらに複雑化している。対ロシアで結束を強めなければならないからである。例えばロシアの石油を全面的に禁輸にする措置についてはハンガリーが「我が国に対する核攻撃も同じ」として激しく反発しており解決の糸口が見つかっていない。最新のニュースではハンガリーは補償を要求しており石油禁輸の合意は得られていないそうだ。ハンガリー側が要求している補償は2兆円から2.4兆円になるという。

ロシアという大きな敵に対応するために結束を図りたいEUだが内外から様々な試練に直面する形になっている。

イギリスが行動を開始したことを受けてEU側がどのような形で「報復」するのか(あるいはしないのか)に注目が集まる。

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