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ボルカー・ショックとは何か?

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ニュースではないのだがニュースによく出てくる言葉で「これは知らないな」と感じるものがあったのでおさらいしておきたい。それが「ボルカー・ショック」だ。1980年代に景気を犠牲にしてインフレを抑制したという事例として記憶されているとのことである。

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金融系のニュースを見ていると「中央銀行が長期金利をあげると市場金利も上がる」と説明されることが多い。経験的には相関があると考えられているがその因果関係は自明ではないようだ。

この相関関係を説明する時によく使われるのがボルカー・ショックである。今でも「リセッションを招いた過激なインフレ対策」として引き合いに出されることがあるが、ほとんどの場合背景は説明されない。インフレを抑えるためにはリセッションという副作用も仕方がないというような経験則がセットになっているのだが相関関係はありそうだが因果関係はよくわかっていないというのが大方の見方のようだ。

アメリカのインフレは1979年時点で11.8%だったが1980年4月には14.6%に上がった。インフレ対策を迫られていたFRB議長のボルカー氏は政策金利をあげた。市場金利がそれにつれて上がると資金調達ができなくなる企業が続出しアメリカはリセッションに陥った。つまり急激な政策金利の上場はリセッションを作り出すという教訓が生まれ現在にも引き継がれている。パウエル議長の発言がリセッションを生むのではないかと警戒されるのはそのためである。そのためイエレン財務長官が「ボルカー・ショックは起こらない」という政治的な発言をすることが求められたりもする。

だが相関関係があることはわかっても因果関係があるとは言えない。2019年に死去した際にボルカー元FRB議長の評価を書いたコラムの筆者もそう主張する一人である。

そもそも日本、ドイツ、イギリスのインフレも同じように低下した。つまりアメリカの政策がインフレ抑制に成功したという根拠がない。多国籍で連携したという事実もない。インフレの原因はむしろ原油価格の高騰かもしれない。イラン・イラク戦争に至る緊張を背景に原油価格が高騰しづづけていたのだが1980年代にはいってこれが緩和された。インフレは経済的ショック・消費者や企業の心理・人口動態・財政政策・金融政策が複雑に絡み合って決まる。いわば複雑系であって、一つの政策が直ちにインフレに影響を与えるとは言えない。

背景がよくわからないので年表を調べてみた。

イラン・イラク戦争自体は1980年から1988年まで続いた。つまりイランイラク戦争は何らかの結果でありインフレを起こした原因ではない。1979年にイラン革命が起こりアメリカの石油利権が革命政府に接収されるという事件が起きている。イランからの石油が滞りOPECが原油価格を引き上げたことで第二次オイルショックが起きた年である。おそらくコストプッシュ型のインフレが起こった原因はイラン革命とそれに続くOPECの対応なのだろう。日本は第四次中東戦争の結果である第一次オイルショックに対応した経験があり第一次オイルショックほどひどい経済混乱は起こらなかった。

さらになぜ中央銀行が決める政策金利と市場の金利には相関があると考えられるのだろうかを調べてみた。

新生銀行は「変動ローンは短期プライムレート(融資に問題がない企業に対する利率)」によって決まり、固定金利は国際価格を参考にすると書いている。因果関係は説明されておらず「そういうことになっている」という説明だ。一種の宗教と言ってよいだろう。

こうした宗教が成り立つのは人々が「中央銀行のインフレ予測はおそらく誰よりも正確である」と信じているからだ。過去の実績がおおよそ成り立っている限りにおいては人々は信仰心を持ち続ける。

ところが現在はSNSが発達しインターネットで各種指標が入手しやすくなっている。つまり誰でもその気になれば中央銀行と同じような資料が入手できてしまう。中央銀行のインフレ対策が批判を浴びるのはこのためなのだろう。インフレ予測の民主化が起きているのである。

だがそれでも政府は従来型の「中央銀行による統治」という神話を維持しようとしている。イエレン財務長官はボルカー氏の時代と今は違うという説明をする。違っているから中央銀行がインフレ策を取ってもリセッションには陥らないというのだ。では何がその根拠になっているのだろうか。

イエレン氏が説明する根拠は「当時と違って人々が長期的なインフレを予想していない」というものである。結局「人が何を信じてどう行動するか」というのが景気判断の根拠になっているのである。SNSが発達し「情報の滑り」が良くなれば当然状況は急速に変化する。つまり情報の民主化は中央銀行という宗教を破壊しかねない。

こうなってくると中央銀行には別の役割が求められる。人々が統制された金融市場を信じなくなればそれぞれ勝手な思惑で動き始める。これが金融市場をカジノ化させるわけである。中央銀行総裁の発言はこれを抑えて人々に安寧をもたらす。これも宗教指導者の役割に似ている。

予測があてにならないとなると実測値に一喜一憂することになる。これを書いている時点では「手掛りを得ようとしてアメリカCPIに注目が集まっている」と書かれている。このため為替も株価も一旦様子見モードに入った。結局「まだ物価上昇は続いているが少し落ち着いた」ということになり株価は少し反発して値上がりした。254.48ドル高だったそうだが4日連続で合計1900ドル程度下がっているそうだから全体としては落ちつづけていることになる。

これが「市場のカジノ化」である。

もちろん中央銀行総裁のオフィシャルな役割は「為替市場や株式市場を安定させること」ではないのだろうが、中央銀行総裁の発言や各種指標によって乱高下する市場はとても健全とは言えない。取りまとめ役がおらず市場関係者が一喜一憂する市場における中央銀行総裁の役割はとても大きい。

そう考えると例えば「指し値オペ」の常態化の時に黒田総裁が発した「市場が余計な詮索をするのを避けるため」という言葉はかなり危険だったのだろうなあということがわかる。日銀は何があっても長期金利を抑えると言っており市場の動向は見ないと宣言しているようなものだからである。

仮に黒田総裁が「きちんと見ていますよ」と言ってもそれを信頼しなくなれば日本の金融はかなり安定性を欠く状態に陥るだろう。これでは岸田総理が言う安心して投資できる株式市場は生まれない。つまりインベスト・イン・キシダという約束は単なる空手形ということになってしまうのである。

もっとも「カジノ化」した相場で一山当ててやろうという人は現れるだろうが、預貯金の代わりに株式市場を利用してくださいとは言い難くなるはずだ。カタギの人間が出入りできる場所ではなくなっているからである。

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