北アイルランドでイギリスからの分離を党是に掲げるシン・フェイン党が躍進

イギリスで地方選挙が行われた。パーティーゲート事件などで揺れるボリス・ジョンソン首相がどの程度負けるのかということが主な関心事だったのだが北アイルランドでは異変が起きたそうだ。イギリスからの分離を掲げるシン・フェイン党が躍進したのだ。かつては武力闘争を展開していたIRAの政治部門だったのだが最近では穏健化が進んでいた。ただし党是は変わっていない。






イギリスで地方選挙が行われた。ボリス・ジョンソン首相が率いる保守党は伝統的な選挙区で議席を失うなど退潮が著しかった。しかしながらライバルの労働党も保守党を凌ぐほどの勢いは得られなかったようだ。その背景にあるのが地方の分離要求である。例えばスコットランドでは労働党ではなくSNPが躍進した。地方議員数を22人から453人に増やしたそうだ。

アイルランドではユニオニスト(イギリスとの関係を維持したい人たち)のシン・フェイン党が90議席のうち27議席を獲得した。BBCの記事では「過半数も狙う勢い」と書かれていたが過半数には届かなかった。北アイルランドが抱える微妙な状況が背景にある。分離派よりも統合派の方が数が多い上に対立を表面化させたくないという意識がとても強いのだ。

アイルランドはもともとイギリスの植民地だった。食料品は全てイギリス本土に送られアイルランド人はジャガイモに頼って生活をしていた。その頼みのジャガイモに疫病が流行り餓死者が出たがイギリス政府はまともな救済策を講じなかった。このジャガイモ飢饉の際に国を出た人も多くアイルランド人にとってはトラウマを残す経験となっている。

次第にイギリスからの独立の機運が高まりアイルランド島全域を国土と定義するアイルランド自由国が1922年に独立した。しかし長い植民地支配の歴史の結果として既得権を持ちイギリスと同じプロテスタントを信仰する階層の人たちが生まれていた。彼らは北アイルランドに多く住んでいたため北アイルランドはアイルランド自由国には参加しなかった。

アイルランドはしばらくはイギリスの王をいただく立憲君主制の独立国だったのだが次第に分離要求が高まる。1937年に忠誠義務が廃止され1949年には共和国に移行した。

イギリスに残留する形になった北アイルランドだがIRAの武力闘争もあり治安は安定しなかった。これが最終的に解決したのは1998年のベルファスト合意だ。アイルランドは「北アイルランドの住民が再びアイルランドに帰属する選択肢」は残しながらも国土としては北部6県の領有権は手放すことになった。このような妥協をしてでも混乱に終止符を打つことを優先したのだった。

コリン・ジョイス氏によればかつて北アイルランドの人口が150万人だった時に90万人がプロテスタントのユニオニストで60万人がカトリックのナショナリストと言われていたそうだ。つまりユニオニスト(統一維持派)が多数派である。現在の人口は180万人程度で自分をプロテスタントだと自認する人とカトリックだと考える人の割合は拮抗しているというのだがその実態はよくわかっていない。

ジョイス氏によれば「北アイルランドの当該地域をアイルランドに併合するためにはプロテスタントを追い出してしまえばいい」という動機が生まれる。つまり地域ごとに住民投票(「北アイルランドの地位に関する住民投票(border poll)」)で帰属を決めるとなると、一旦形成された平和が再び混乱に逆戻りする危険性があるのだという。このためどの地域にどういう人がどれくらい住んでいるかというのはとても微妙な問題だ。

このためアイルランドの「民族問題」は表向きには滅多に語られることはないそうだ。イギリス人(北アイルランドから見れば同じ国の住民)にとっても北アイルランドの両者の見分けは厄介な問題なのだという。

一旦落ち着いたかに思えた北アイルランド問題が浮上したのはイギリスのEU離脱に伴う「ハードボーダー問題」だ。2021年4月には暴動も起きている。

イギリスとEUの間には「国境」が新設されると自由に行き来ができなくなる。北アイルランドとアイルランドの間に国境を敷設してしまうと物流が深刻なダメージを受けることになる。一方でアイルランドと北アイルランドの間の自由通航を認めると北アイルランドがイギリス市場への抜け穴になるだろう。どちらに実質的な国境を引くのかというのがこの「ハードボーダー問題」である。

この問題はどうやら現在でも解決していないようだ。ビジネスインサイダーに記事が出ている。2021年11月のものである。だが一回読んだだけではよくわからない。

  • アイルランドには「ハードボーダー回避して生活の不便を解消したいというアイルランド島住民の要望」「北アイルランドをイギリスと一体的に脱退させるべきだというユニオニストの要望」「EU市場から完全に独立したいというイギリス人の要望」がトリレンマとして残っている。
  • ジョンソン首相は「ハードボーダーは設けない」という北アイルランド議定書を提示した。通関手続きは北アイルランドとグレートブリテン島の間で行われる。EUへの通関手続きは同じ国内である北アイルランドに入域するために行う。
  • 結果的に北アイルランドはイギリスから見れば国内なのにEU地域のような状態におかれてしまい時間やコスト面での不便が生じている。例えばソーセージが手に入りにくくなった。このため2021年4月には「内戦さながらの」状態にまで発展した。
  • 不都合が生まれたので「やっぱり北アイルランド議定書はなかったことにしたい」というのがジョンソン首相の結論だった。一方的にイギリス側が議定書を破棄するとハードブレグジットで懸念されていたような事態が起きることになるだろう。

ソーセージ戦争はEU側が妥協したことで7月に「停戦」した。EUが冷蔵肉製品をイギリス本土から北アイルランドに出荷できないようにする規制の猶予期間を延期するというのがその内容だ。イギリス政府は「対抗措置」として北アイルランド議定書の放棄をほのめかしている。またBBCによると検査を簡略化することで実質的な骨抜きも狙っているそうだ。もともとユニオニストたちは議定書そのものに反対していた。

結局、EU側が10月に再度譲歩した。イギリスの主張が通った形である。

2021年4月には様々な問題が積み重なり暴動も起きていた。ハードボーダー問題が原因であるとも言われたが、長年カトリック教徒が抱えている差別問題も原因なのではないかと考えられている。EUとしても問題を長引かせ北アイルランド情勢・アイルランド情勢を危険な状態に後戻りさせるわけにはゆかないという意識があったのだろう。

シン・フェイン党が結局過半数を取れなかったことからもわかるように今回の躍進がすぐに北アイルランドの分離と南北統一につながることはないだろう。北アイルランドの多数派は依然イギリスとの連合を望むユニオニストである上に4月の混乱を目の当たりにし「混乱の可能性が完全に消えたわけではない」ということを多くの人が知っているからだ。

今回の勝利が直ちに北アイルランドとアイルランドの南北統一につながることはないだろうと時事通信は書いている。

一方でシン・フェイン党はその党の成り立ちから南北統一が党是になっている。第1党になったのだから当然統一への歩みを加速するのだろう。

人口わずか180万人の地域なので経済的な意味合いは必ずしも大きくはないのだが、EUと域外の市場統合問題という象徴的な意味合いはとても大きい。大陸ヨーロッパから見るとほんの辺境に過ぎない小さなこの地域が注目を集めるのは象徴としての意味合いの大きさ故なのだろう。

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