フィリピンでマルコス大統領が誕生した。昭和世代には「マラカニアン宮殿を追い出された」ことで記憶されているあのマルコス大統領の子息である。強権的なドゥテルテ大統領の政策を引き継ぐと言われており人権派からの懸念もあるそうだ。フィリピンは人口が1億人を突破し経済も好調だ。このため現在の路線が国民から信頼されたと考えていいと思う。
フィリピンでは大統領と副大統領は別々の選挙で選ばれるそうだ。大統領選挙でマルコス氏が大統領に選ばれた。また、ドゥテルテ氏(現在の大統領と区別するためサラ氏などと書かれたりもする)が副大統領に選出された。マルコス氏は独裁者として記憶されているマルコス大統領の息子であり、ドゥテルテ氏は現ドゥテルテ大統領の娘である。政党や政策よりも個人の人気や世襲の知名度が優先されるという意味では典型的な開発途上国型の政治形態といえるだろう。
この選挙にはロブレド副大統領も出馬していた。ロブレド副大統領はドゥテルテ政権の政策を批判していたのだがマルコス氏との間の差はかなり大きかったという。
すでにマルコス氏が「ドゥテルテ政権の政策を継承する」と宣言していることからドゥテルテ路線が国民から信任された形になった。ドゥテルテ路線には人権侵害も厭わない麻薬対策や中国への接近などが含まれる。フィリピンにとって麻薬は大きな問題であり「治安回復のためなら多少の超法規的な措置もやむを得ない」と多くの人が考えていることがわかる。また中国との間には領土問題を抱えるが「それでも中国と接近した方が国益にかなう」と考えている人が多いようだ。
日本の関心人はおそらく「中国包囲網」にフィリピンが是々非々の姿勢で臨むだろうということだろう。南シナ海問題で中国を牽制したい日本人にとっては必ずしも良い大統領とは言えないのかもしれない。
この選挙にはつい最近まで現役ボクサーだったパッキャオ氏も参戦していたが存在感を示すことはできなかった。大統領の子息やスポーツ界のヒーローが大統領選挙の顔になることから政策よりも知名度の方が優先される開発途上国型の政治形態であるということがわかる。
現在の政権が信任された背景には好調な経済成長がある。2021年の経済成長は5.6%だったそうである。JETROによると政府は2022年の経済成長率を7~9%と予測しているそうだ。かつてフィリピンといえば貧しい出稼ぎ国家という印象だったのだがその印象ももはや過去のものなのである。
同じ一族型政治形態のスリランカは首相がついに退任するなど大混乱に陥っている。だがフィリピンは出稼ぎをした国民が外貨を稼ぎそれが国内投資に回されるという好循環が定着したようだ。2016年の日経新聞の記事では出稼ぎ労働者は1000万人程度だが国内への回帰も見られるようになったと書かれている。2014年には人口が一億人を突破した。この先も経済成長が続けば「次の先進国」として国内市場にも注目が集まることになるだろう。
今でも海外同胞が多いフィリピンではSNSを通じた「海外の選挙運動」も盛んだったそうだ。歌って踊っての大熱狂の選挙戦が繰り広げられたと伝える媒体もある。依存度が減っているとは言え、今でも出稼ぎに依存する状態からは脱却できていないことがわかる。
ドゥテルテ大統領が展開してきた「麻薬戦争」はかつて貧しかったフィリピンの負の側面の清算だとみなされているようである。つまりかなり性急に中流低位から先進国を目指している過程ノイタミだというわけだ。成長時の痛みは過小評価されることが多い。急速に進展するグローバリズムは様々な痛みを生み出しつつあるようだが、中間層はそれよりも経済発展に期待をしているからである。
ただし政治的にはかなり未成熟でなおかつ必ずしも人権を重視しない姿勢も見られる。経済が好調なうちはこれでも良いのだろうがそれが長続きするという保証は必ずしもない。
参考文献
- フィリピン大統領選でマルコス氏当選確実
- フィリピン副大統領選でサラ氏の当選確実
- フィリピン大統領選 投票まで1週間 対中国政策など争点(NHK)
- フィリピン大統領選、独裁者の息子が独走 ドゥテルテ氏路線継承訴え(朝日新聞)
- 2021年の経済成長率は5.6%、2022年の高中所得国入りを見込む(JETRO)
- フィリピン、出稼ぎ変調 経済好調で労働者国内回帰(日経新聞:2016年)
- フィリピン人口1億人を突破 政府推計(日経新聞:2014年)
- フィリピン大統領選が国内よりも国外で盛り上がる理由、出稼ぎ大国ゆえの選挙事情(東洋経済)
- 「フィリピン麻薬戦争」死者6000人超、なぜ支持やまない「俺たちのドゥテルテ」(朝日新聞GLOBE+)