「悪い円安」が進行する中「円安は日本経済にはメリットが大きい」と主張する黒田総裁に批判が集まりはじめている。任期満了が目前のため批判の対象にしやすいという側面があるのだろう。改めて黒田総裁の任期中の政策について調べて見た。
黒田日銀総裁が就任したのは2013年の3月だった。リフレ派と呼ばれる「政府が積極的に財政支出をして景気を支えるべきだ」と呼ばれる人たちから推されての総裁就任だった。
就任当初に大規模な国債買い入れを行い「黒田バズーカー」と賞賛された。民主党政権下では円高が続いていたがこれを引き下げて金融緩和を行いなおかつアベノミクスの原資を調達しやすくすると言う効果があった。だが政府の為替相場はタブーだとされており「日本を再びインフレ基調に戻すのが目的である」と説明された。現在もこの基調のメッセージは変わっていない。黒田総裁は「日本経済は依然活力のない状態である」と言い続けている。
いずれにせよ、黒田総裁のいう2%インフレはつい最近まで実現してこなかった。アベノミクスのその他の政策(三本の矢の二本や新三本の矢)が金融緩和に追随しなかったからである。政策にどこか不具合があったのか国民や企業が政府のメッセージに応じなかったのかはわからない。このため日銀は長い間「健全なインフレ喚起のための政策」を続けざるを得なくなる。
2016年1月には「マイナス金利付き量的・質的金融緩和を打ち出す。当時は国債の買い入れが限界にきたためについに金利の操作に踏み切ったなどと揶揄された。当時の記事には擁護論もあったが「日銀には何か勝算があるに違いない」と言う曖昧な評価に過ぎなかったようだ。
特に金融界からは批判の声が多く集まったようだ。日銀の当座預金に多額の現金を預けている銀行が儲けられなくなるとして「金融機関のはしごを外した」などと言う悪評もあった。実際に三菱東京UFJ銀行は「国債の買い入れを義務付けられている」ことを理由に国債市場特別参加者(プライマリーディーラー)の資格を国に返上する方向で調整に入ったというニュースも伝えられた。
「マイナス金利」に悪評が立ったことから「長短金利付き量的・質的緩和策」が打ち出されることになる。一応「強化」と説明されたが、NRIの記事を読むと「マイナス金利によって金融全体の利回りが下がることを防ぐ狙いがある」とか「長期国債の買い入れを抑えたいが、抑えるといってしまうと金融緩和策の後退と受け取られてしまうかもしれないので量ではなく金利を目的にすることにしたのだ」などと書かれている。「マイナス金利」という言葉に悪評が立ったためそれを打ち消そうとしたのであるというのだ。
確かに金利操作による市場介入の効果は限定的になりつつある。アメリカの金利が日本が追随できる範囲を超えてしまったからである。
2022年の3月に買い入れが行われ結果として円安が加速した。ところが4月にはそれほど円が動かず「すでに3月で織り込み済みになった」などと言われた。新しく日銀審議員になった高田創さんは「日銀YCCは犬の躾」だと表現する。つまりある程度の躾けはできてもいつコントロールが失われるかよくわからないというのだ。それが犬の躾であっても金融政策の効果が実経済に影響を及ぼさないのなら続けざるを得ないと言ったところだろうか。
黒田総裁の政策が間違っているというわけではなく何をやっても日本経済が再活性化してこなかったのが問題なのだと言うことがわかる。だがそんな中でも外的環境は大きく変わり始めた。新型コロナ禍が起きると安倍元総理大臣はアベノミクスの総括をすることなく総理大臣を任期途中で退任した。コロナ禍で先行きの不透明感が増していたこともあり菅政権下ではアベノミクスの総括は進まなかった。さらに岸田総理になると「アベノミクスは成功したが地方に恩恵が行き届いていない」と総括され今に至っている。
新型コロナ禍で景気が低迷し新型コロナ禍が回復しすると欧米の景気は過熱し始める。だが日本だけはどういうわけかそれに追随しない。政府も大胆な産業転換をやらず、企業も給与を上げない。さらに消費者は先行き不透明感から消費を抑制し続けている。誰もが「誰かが何かをやってくれる」ことを待っている状態で経済が思うように動いてこなかったというのが黒田総裁時代の総括になりそうだ。
金融政策を起爆剤にして政策が動き、それに呼応して国民が活発な消費・投資意欲を復活させるというのが通常の流れなのだろう。だが、そうした動きは起きていない。そんな中で黒田総裁の任期は終わりを迎えている。
だが「黒田さんではダメらしい」ところで落ち着きそうだ。年始の経済財政諮問会議で民間議員の新浪剛史サントリーホールディングス社長が「出口戦略を定めるように」と黒田総裁に迫ったそうだが黒田さんは議論に否定的だったそうだ。すると「出口を探してくれるのは誰なのか」ということになる。
日銀審議委員は安倍総理・菅総理のもとでリフレ派が任命されることが多かったそうだ。これが黒田総裁決定の決め手になったと見られている。だが、2022年3月に岸田政権下で政府が日銀審議委員候補として提示した高田創氏は「マーケットに精通し、市場では大規模な金融緩和の推進を支持した「リフレ派」とは一線を画すとみられている」と説明される人文つだった。つまり脱リフレ派の動きが進みつつある。積極的な財政支出を抑えて「健全化」に舵を切りつつのかもしれないということになる。
岸田政権は公明党に押される形で参議院選挙前の補正予算編成を決めたが最後まで補正には消極的だった。景気対策という名目で支出をしたくない人たちが岸田さんの周りには多いのではないかと思う。いずれにせよ次の人事はリフレ派のエコノミストである片岡剛士審議委員が退任する7月23日に行われるという。岸田総理が誰を指名するかに注目が集まりそうだ。
- 日銀、マイナス金利導入を決定 異次元緩和に転換点(日経新聞:2016/1/29)
- コラム:日銀マイナス金利の「勝算」=嶋津洋樹氏(ロイター:2016/2/10)
- マイナス金利政策の敵「現金」は廃止すべきか(東洋経済:2016/9/26)
- 三菱東京UFJ銀、国債市場特別参加者の資格返上を検討=関係筋(2016/6/8)
- マイナス金利は「劇薬」というより「毒薬」だ(東洋経済:2016/2/1)
- 日銀イールドカーブ・コントロール導入5年の総括(2021/9/22)
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