パーティーゲートで揺れるイギリスのジョンソン首相がまた新しい奇策を思いついたようだ。イギリスに押し寄せる難民をルワンダに送り出そうとしている。もちろんタダでとは言わない。1億2000万ポンド(約200億円)のお土産付きだ。金で移民を引き取らせるという政策には直感的な嫌悪感が働く。だが調べてみるとイギリスだけでなく受け入れ側のルワンダにもかなり大きな問題を抱えているようである。独裁化が進んでいるのである。
EUから離脱すれば移民問題は解決するはずだった。ところが実際にはイギリスに押し寄せる不法移民の数は過去最高になっている。2021年には2万8526人がやってきたそうだが一度受け入れてしまうと欧州側に押し戻すことはできない。またそのままでは死んでしまうわけだから上陸を拒否することもできない。そこでジョンソン首相は「協定が結ばれたからイギリスにやってきた人たちはルワンダに移送します」と宣言した。計画は4月15日に発表されプリティ・パテル内相がルワンダの首都キガリで協定を交わした。
ジョンソン首相はルワンダは世界で最も安全な国の一つだと強調する。イギリスが社会への定着費用も出してやるのだから心配するなともいう。ルワンダが安全な国であるというのは間違ってはいないかもしれない。過去にツチ族とフツ族の間で殺し合いが行われた反省がありルワンダの治安は比較的落ち着気を取り戻している。西側諸国の援助を成果を上げており経済成長率も決して悪くはなかったようだ。
ところがやはりルワンダには問題が多い。フィナンシャルタイムスによると過去にも同じオファーをして破綻させた過去があるのだそうだ。
- 2014年にイスラエからのアフリカからの難民認定希望者を受け入れる計画はその後UNHCRから「透明性の欠如」を指摘された。だが名指しはされなかったそうだ。
- AU(アフリカ連合)との間でも30,000人の受け入れを約束したものの実際に受け入れたのは190人だった。
- 2021年にはタリバンからアフガニスタンの少女を受け入れると約束している。
ルワンダの人口は1300万人だが既に約13万人の難民や難民認定者がいるそうだ。アフリカには政情が不安定な国が多いためコンゴ民主共和国やブルンジ経由で大勢の難民が押し寄せているのだという。IDが提供されているため身分は保証されているが食料と医療サービスの十分なお金がないと証言する人たちもいる。
さらに今回の受け入れでルワンダ側には法整備の動きはないのだという。アフリカで最も人口密度が高い国だが「どれくらいの難民が現実的に受け入れられるのか」も発表されていない。ただイギリスは一度送り出してしまえば「難民問題はなかったこと」にできる。
当然国内外からは「この政策には疑問がある」という声が噴出している。人権団体だけでなく英国国教会の最高指導者であるカンタベリー大主教のジャスティン・ウェルビー氏も「神の本質とは逆だ」と述べた。キリスト教国に根付く罪悪感が働くからだろう。
1994年の民族同士の大量虐殺からの復興に成功したカガメ大統領は西側からは「良い大統領だ」とみなされている。
1994年の悲劇を終わらせたカガメ司令官はRPFを指揮し大量虐殺を終息させた。その後ビジムング大統領のもとで副大統領に就任した。国民からの人気は高いが最近では独裁傾向を強めていると批判されている。この手の大統領にはよくあることだが国会議員である限りは2034年まで大統領にいる事ができるという法律も制定されているそうだ。
だが、長期政権化のため腐敗もささやかれており反対派の弾圧も指摘されるようになった。また中央アフリカ共和国やモザンビークの紛争にも軍事介入している。様々な批判を封じ込め西側との良い関係を強調するために「難民が利用されている」とカガメ大統領批判派は訴えている。2017年の得票率は98.66%だったということなのでルワンダは間違いなく独裁国家化している。
西側はカガメ大統領の独裁を大目に見ている。第一に支援が効果を上げた数少ない成功事例なので支援を批判する人たちに「ルワンダを見ろ」と言える。次にルワンダの大量虐殺を知っていながら何もしてこなかったという負い目もある。当時駐留部隊があったフランスのように政権との関係を優先してジェノサイドを黙認してきた国もありヨーロッパには何もできなかったという罪悪感があるのだという。
カガメ大統領は西側の罪悪感を巧みに利用して独裁体制を維持している。道徳的ポーズをとることが多い西側先進国が実は長期間の負担に耐えられないことを知っているのだ。いずれにせよ色々な理由で難民は発生する。
新しい計画では小型船やトラックなどでイギリスに不法入国した男性がルワンダに送られる。イギリスでは亡命申請は受け入れずルワンダで亡命申請が処理されることになりそうだ。最長で5年間の教育や支援が受けられるという。ただ申請が必ず許可されるとは限らず出身国や居住権利を持っている国に送られる可能性がある。
ジョンソン首相は「将来にわたって膨大な費用をイギリス国民に負担しろとは言えない」としたうえで「ルワンダが受け入れることができる難民の数は無制限だ」と表明したそうだ。もともとルワンダの難民受け入れ体制は限りなく不透明なので「送り出してしまえばあとはなんとでもなる」ということなのだろう。キリスト教的民主主義の守護者を標榜している西側諸国なのだがそのスタンダードに沿って難民を受け入れると財政が破綻する。
体面を保ちつつ面倒なものは抱え込みたくない。ルワンダはこうしたキリスト教世界の罪悪感のゴミ箱になっておりその代償は独裁者の誕生ということになる。
参考文献
- 英、不法移民らルワンダに移送へ
- [FT]英国の難民移送計画 ルワンダの受け入れ体制不透明
- 英仏海峡を渡ってきた難民をルワンダへ移送 英政府案に賛否両論
- なぜ欧米諸国はルワンダ大統領ポール・カガメの「独裁」を黙認し続けるのか?
- フランスのマクロン大統領がルワンダ訪問、1994年の虐殺の責任を認める
- ルワンダ大統領選、現職のカガメ氏 得票率98%で3選確実