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Twitter社は世界一の資産家イーロン・マスク氏から民主主義を守れるか?

2021年末に世界一の資産家になったイーロン・マスク氏がTwitter社を買収できるかが大きなニュースになっている。単なる一つのIT企業の買収劇なのだが「民主主義」というかなり壮大な価値観をめぐる議論だ。マスク氏にはマスク氏なりのあるべき民主主義像があるのだがTwitter社にも長年培って来た民主的な企業文化が根付いている。

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最近Googleがウクライナ危機に関してロシアを利する記事に対して報酬を支払わないという発表を行った。多くのGoogleを利用している言論プラットフォームに対する影響は大きい。すでにYouTubeはロシア系のメディアの締め出しを行なっている。このように一私企業の決定が世論や戦争に大きな影響をもたらすということは珍しいことではなくなっている。

同じようにTwitterやFacebookといったメディアもフェイクニュース潰しを行なっている。だがその過程で「言論的にどちらかに偏っている」と非難されることがある。トランプ大統領時代のアメリカではかなり顕著になった議論である。

マスク氏は「民主主義の土台を守るためにアルゴリズムを透明化・オープンソース化すべきである」という議論を展開しており、そのためには自分が保護者にならなければならないと考えているようである。常々Twitterのモデレーションに不満を持っていたようだ。

ただしマスク氏がいう「民主化」がどの程度民主的なものかはわからない。そもそも企業を全て買収することによって非公開化・独占をしようとしておりこの手法は全く民主的とはいえない。独占的なオーナーがお気に入りの民主主義を押し付けるというのは独裁国家では良くあることだ。

結果としてTwitter社はマスク氏の提案を拒否しポイズンビルという条項を使って買収に応戦することにしたそうだ。現在株式を持っている人が優先的に安価な株を買えるようにしてマスク氏に対抗しようとしている。

そもそもなぜTwitter社はこれほどまでに大きく成長し世界一の大金持ちに「求愛」されることになったのか。Twitterの魅力はその民主主義的な伝統が支持されている点にある。だがその道のりは決して平坦なものではなかった。

2008年に創業者のジャック・ドーシー氏にFacebookのザッカーバーグ氏が買収を持ちかけた時にもFacebookの社風とTwitter社の社風は合わないということが問題になったそうだ。テッククランチによると現在提示されている430億ドルよりもかなり低い5億ドルという価格を提示されたそうだが10億ドルの価値があると言って断っている。この時に懸念したのは「買収に応じないなら潰してやる」という恫喝とFacebookのトップダウン型の社風だったという。つまり独裁的なやり方に抵抗したのである。

だがこの民主化戦略はあまりうまくゆかなかった。ジャック・ドーシー氏はその放埓な振る舞いが投資家などから離反されTwitter社を追い出されていた。その後集団での経営をやっていたようだが2016年には経営危機に陥いっていた。2010年にCEOになったディック・コストロ氏は2015年には経営を投げ出すような発言をしたあとで「ジャック・ドーシー氏が戻ってくる」と伝えた。

だがドーシー氏が戻って来ても買収先は見つからなかった。同じ頃のロイターの記事を読むとTwitter社はいくつかの買収先を当たったものの受け入れてもらえず株価も急落していた。買収先候補の中にはアルファベット(Google)、アップル、ウォルトディズニーなどの錚々たる企業が含まれている。2017年春の記事には「昨年秋から買収先を探しているが誰も受けてくれない」と書かれている。この記事は「こうなったらユーザーが有志で株を受け入れるしかない」というような話も飛び出していたようだ。収益化は望めないがかといって気軽に買えるような会社ではなくなっていたことがわかる。

だがこうしているうちに政治をめぐる環境は大きく変わっていった。近年になって民主主義の危機が叫ばれるようになるとTwitter社への信頼は増していったようだ。トランプ大統領や議会襲撃という民主主義の危機にあったアメリカを守り切ったという実績も生まれている。さらにウクライナ危機を通じて「西側のSNSは民主主義を擁護するのだ」という立場を徹底的に明確にしている。こうして広告を出稿する企業を惹きつけているのだ。

気がつけば「430億ドルでどうか」「いや安すぎる」という話になっている。

マスク氏の買収には疑問もある。「編集ボタン」などの皆に受けそうな「政策」を提示してたくさんのいいねをもらった。これはマスク氏が大衆に支持されておりますますTwitter社の価値をあげることができるというアピールになっている。一方で、企業へのアプローチはかなり乱暴なものだ。

イーロン・マスク氏はまずTwitterの株式を9.2%買い筆頭株主になった。Twitter社はイーロン・マスク氏を取締役に迎える意向を示したがマスク氏がそれを辞退した。おそらくTwitter社はイーロン・マスク氏を取り込むことで「民主的なスキーム」の中に組み入れようとしたのだろうが「彼は大勢の中の一人」になるつもりはないという意思は明確になった。

イーロン・マスク氏は一転して現在のTwitterの株を市場価格より高値で買い非上場化すると言い出した。ザッカーバーグ提案の86倍という高価格である。ブルームバーグの記事によると1株当たり現金54.20ドルは2022年1月28日のツイッター株終値を54%上回る水準だという。

ただしマスク氏が本当に「民主主義」に関心を持っているのかどうかは誰にもわからない。一生使いきれないほどのお金を持ってしまった人にとっては名誉や認知などの方が重要だろう。そのため単に社会的な注目が集まる企業にアプローチしているだけかもしれない。

マスク氏は以前にも業績が頂点にあったアップル社に買収提案を持ちかけている。

2021年の記事に5年前にティム・クック氏に持ちかけていたと書かれているので2016年ごろのことだったということになる。この時はティム・クック氏が応じなかったため具体的な話はなかったとされている。ちょうどiPhoneやMacBookといった花形製品が売れていたという時期の話だ。

だが皮肉なことにアップル社はこの高い業績を維持できないのではないかという懸念が高まっていた。「アップルの2016年を振り返る–「iPhone」失速からトランプ騒動まで」という記事がCNetに見つかった。2015年の業績が好調だったため2016年にも同じような好調を維持できるのかと不安しされていたようだZD NetJapanには「2016年にアップルを待ち受ける3つの難題」という記事も書かれている。

こうした過去の経緯からイーロン・マスク氏は有り余る資産を使って世間の注目を集める企業を我が物にしたいだけなのかもしれないという疑念もわく。ただその後も会社が輝き続けることができるのかはよくわからない。

いずれにせよアメリカではかつてないほど民主主義を擁護すべきだという声が高まっているのだろう。表向きは民主主義を庇護するために自分の資産を使ってモデレーションのアルゴリズムをオープンソース化するという提案になっている。これが民衆にアピールすることをマスク氏は寝ラテっている。

これはSpaceX社のスターリンクを提供してウクライナの自由を守ろうとしているという彼の姿勢に共通するところだ。マスク氏はこの提供を通じて「ウクライナの自由を守るお金持ち」という評価を手に入れた。

マスク氏は2021年末には国家予算規模の資産を獲得し世界一のお金持ちになった。おそらく単なる宣伝のためにやっているわけではなく「彼の壮大なビジョン」を世界に売り込もうとしているのだろうと思われる。

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