AFPに非常に小さなニュースがあった。ジンバブエ政府が新しい100ドル札を発行したがこれではパン一斤も買えないという。背景を調べると想像を超えて悲惨なことになっているようである。通貨発行権を打ち出の小槌だと考えるようになった政府を持った悲劇が国民を襲っている。それでも国民はなんとか生きてゆかなければならない。ジンバブエドルの二度目の死は時間の問題と考えられているそうだ。
AFPの記事そのものは非常に短いものだ。ジンバブエ、最高額の新紙幣導入へ ただしパン1斤買えずというなんとなくクリックしたくなるようなタイトルになっている。ジンバブエドルは米ドルと等価ということになっていたので100ドルというと1万円を超えるはずだ。だが実際には84円程度の価値しかないのだという。パン半斤が買えるということなので物価的には日本と同じ感じなのだろう。低位の発展途上国としてはかなり厳しい価格ではないかと思う。
どうしてこうなったのかということと最近始まったのかということが気になった。
色々な記事を読むと新通貨導入直後のインフレはもっとひどかったようだ。現在はやや落ち着いた状態になっている。とはいえ3桁インフレが2桁インフレになったという程度の違いでしかない。
2022年2月に66.1%だったインフレ率はが3月には72.7%となっている。だいたい二桁インフレで経済がパニックになる。だがAFPによると2020年は3桁インフレだったらしい。7月は837.53%6月は737.3%だったそうだ。だが、エマーソン・ムナンガグワ(Emmerson Mnangagwa)大統領は「堅調な経済をもたらす政策を実施し国を立派に安定させている」と全く反省の色を見せなかったという。
こうなった理由を調べてみた。原因ははっきりしている。自国通貨発行益の独り占めである。前回のインフレの経験から全く学んでいないようだ。2019年のダイヤモンドオンラインの記事を見つけた。
ジンバブエは天文書的なインフレを経験しており自国通貨を手放した経験がある。自国通貨を管理する能力がないのだからそのまま米ドルに頼っていればよかった。だが自国通貨には旨味がある。それが通貨発行益だ。ジンバブエ政府はまずポンドノートという通貨のようなものを作りそれを徐々に法定通貨化させていったそうである。「夢よもう一度と」いうことなのだろう。
ポンドノートの発行を最後にムガベ政権は倒れる。軍部が支持するムナンガグワ大統領は「RTGSドル」という電子マネーの発行を開始しそこからジンバブエドルを再び導入した。こうして政権の夢は国民の悪夢になった。
では庶民はどうやって対抗しようとしたのであろうか。
ロイターは2017年に経済が混乱するなかで人々が暗号通貨に走ったと書いている。ビットコインの需要が上がり価値が暴騰したそうである。
銀行に預けておいたドルも減価してしまう。銀行システムに信頼がないために米ドルすらジンバブエの銀行に預けただけで減価してしまうという状態だったようだ。銀行に預けているドル(本物のドルに比べると価値が低いためゾラーと呼ばれているそうだ)を引き出して「現金を買う」と書かれている。
その知識をもとにZimbabwe Dollar’s Second Death Seen as Only a Matter of Timeという記事を読んで見た。ジンバブエドルの二度目の死は時間の問題というタイトルである。人々は現地通貨を信頼していないので米ドルでの受け取りを要求する。そのため米ドルが優遇されるのだがこれはつまりジンバブエドルで支払うと割高になるということである。さらにジンバブエドルは価値が落ち込むことが予想されるためすぐに使いたいという気持ちになるようだ。
もっとも、通貨発行益だけが新ジンバブエドル導入の理由ではないようだ。ジンバブエは米ドルを使うようになったため近隣国と比べて労働力が割高になってしまった。国力に比べ通貨が強すぎるのだ。このためジンバブエは国際競争力を失った。だが通貨運用能力もないので自国通貨を導入すると今度は周辺諸国と比べ著しく価値が落ち込む。
ジンバブエが国際競争力を保ち続けるためには近隣くらいの「そこそこの競争力でちょうどいいダメな具合の通貨」を持たなければならない。これが通貨政策の難しさである。
この記事が書かれた現在(2022年初頭)に国民は44%の支払いを米ドルで行なっているそうだ。だがおそらく外貨は不足気味なのだろうから国民生活を全て米ドルで行うことはできないだろう。米ドルを手に入れられない人は価値が下がることを知りながらジンバブエドルを使うか直ちに何かの商品に変えて蓄積するしかない。これが通貨をまともに扱えなくなった国が陥る状態ということになる。
ジンバブエドルは将来が不安視されており「もはやジンバブエドルが破綻するのは時間の問題」だと記事は結んでいる。「パン1斤を買えない新しい100ジンバブエドル」はその墓場への道の第一歩になりそうなのである。