民主党政権から自民党政権に変わった時「民主党は円高容認だったが安倍政権はちがう」という歓迎ムードだったと記憶している。だが状況はかなり変わってしまったようだ。2022年になって円が10円弱下落した。にも関わらず製造業からはこれを歓迎する声は聞かれない。中でも目立ったのは日本鉄鋼連盟の橋本英二会長の円安懸念発言だ。原因になっているのはある構造変化なのだがこれについて解説した記事は意外と少ない。そこで改めて調べてみることにした。
2022年4月の短観を日経新聞が解説している。大企業製造業の景況感が大幅に悪化した。資源高と円安で原材料の調達費が値上がりしていることが原因なのだという。原料を高く買っても高く売れれば国富の流出にはつながらない。だが日本の製造業は稼げなくなっており円安が国府流出につながりかねない。主に自動車、紙・パルプ業などの落ち込みが目立ったという。高付加価値型の自動車が含まれている。
原因の一つは製造業の海外生産比率が増えているところにあるという。とはいえ18%(2011)から23%(2019)という変化である。だがこれでも、リーマンショック後の変動率(1円円安が進むと改善する経常利益率)は0.98%(09/6)から0.43%(2022年度)に半減したそうだ。
ただしこれは具体的な円安進行の様子が見えてきたからできた分析である。2021年12月の投稿商工リサーチの調査によるとアンケート調査で円安が不利と考える企業は約3割でどちらでもないと考えている企業が65.7%だったそうだ。有利と答えた企業は5%弱しかない。多くの会社が輸入品の価格が上昇することでコストが増えると答えており資材・燃料の高騰を心配する会社もあったのだがその不安は漠然としており産業界全体に広がっているわけではなかった。円安を歓迎する企業は減っていたがそれでもまだわからないと考える企業が2/3を占めているという状態だったのだ。
ではなぜ今までは国内で生産すると有利になっていたのだろうか。これについてはいよいよ分析した記事が少ない。
外国から材料を買って外国に売っているわけだから日本で行うのは生産活動だけである。つまり「人件費が割安になる」ことだけが円安のメリットだということになる。日本の賃金が長期的に上がってこなかったということを考えると日本の製造業はイノベーションによる収益の改善を目指さず人件費を安く抑えることでかろうじて優位性を維持してきたのだろうと感じる。
この構図を根本的に変えるきっかけになったのは2011年に起きた東日本大震災だ。インフラが破壊されたことで東日本離れが起きた。結果的により消費地に近いところで生産することで輸送費などの間接コストを下げる道が選択されたことになる。一つ一つの変化は決して大きくないのだがそれが積もり積もって日本の交易条件を変えてしまったのだろう。
いずれにせよ「経済界から円安を懸念」報道ではこの辺りの具体的背景が描かれることは少ない。このため「日本鉄鋼連盟の橋本英二会長(日本製鉄社長)は29日の会見で、円高リスクにずっと耐えてきた日本の製造業にとって、円安リスクは初めてだと指摘した。」という書き方になり態度が豹変したように読めてしまうのである。
いずれにせよ産業界は円安のメリットを感じることができなくなり、これまでの円安主張を一転させた。これまで分析した通、日本政府は金融緩和政策によって円の価値を減価することによって製造業を助けてきたという側面があるわけだが橋本会長は現在の為替水準は「日本が一人負けしていることの象徴」とし、「大変大きな問題」だと話したそうだ。製造業を助けるために国力を削っていたという点はすっかり忘れ去られている。
政策決定に与える影響は決して少なくないのだがかと言って政策はすぐには変えられない。
日銀は国債の積極的な引き受けなどによって政府の積極的財政策を支えているという側面がある。つまり政府が大規模な財政削減をやらない限りは金融引き締めには動けない。このため円安が進む要因はあっても円高に進む要因はないと言えるだろう。政府支出の多くを占めるのは経済対策ではなく医療・年金でありこれを直ちに削減することはできない。出口はほぼないと言って良い。
日銀は国債の「指し値オペ」での買い付けを通じて利率を低く安定させるという政策を継続しておりエコノミストの中からも疑問を投げかける人たちが出てきている。日米の金利差が開けばますます円安傾向に触れてしまうからだ。産業界が円安を批判し始めたことで2015年以来7年ぶりに10年もの国債の金利が0.1%から0.2%に引き上げられたそうだ。何もしないわけにはいかないということだったのかもしれない。