人口65万人のソロモン諸島と中国が安全保障条約を結んだとしてニュースになっている。周辺の国は警戒感を強めているが当のソロモン諸島はどこ吹く風といったところだ。ソロモン諸島を研究すると中国のやり方がわかって面白い。独裁者に援助を持ちかけて利権を獲得するという独特のやり方を好む。ロシアとはまた違った周辺国懐柔の手法をとるのだ。みかえりはビジネスの対価なので軍は独裁者への援助の形でしかない。
ソロモン諸島は1983年から台湾と外交関係があった。だが2019年に外交方針を見直し中国との関係を強化することにした。援助先としては中国の方がふさわしいと思ったのだろう。
だが、地元では抗議運動があった。ロイターの2021年12月の記事では人口が最も多いマライタ州ではソガバレ首相の政策が高い失業率と住宅難を招いているとして建物への放火や店舗の略奪が行われた。体制への不満が中国人コミュニティにも飛び火し中華街が暴動で破壊されたそうだ。
ソロモン諸島はオーストラリアに応援を要請した。オーストラリアは警察官・兵士など100名を派遣。パプアニューギニアも50名の平和維持要員を派遣したほかフィジーも50名を派兵すると表明した。太平洋諸島フォーラムという枠組みで安全保障の取り決めがあり、その取り決めに基づいての派遣だった。
この地域で中国と台湾は援助合戦を行っているのだがソロモン諸島とキリバスが台湾と断交して中国に乗り換えた。ソガバレ政権は外国に扇動されたと反体制勢力を攻め立てたが当然台湾は関与を否定している。
当時、中国とオーストラリアの間には緊張関係があったが、のちにオーストラリアは中国との関係を見直しクワッド(日米印豪)の対中国包囲網に加わることになる。
時事通信の記事によると暴動後一週間程度で治安は取り戻されたのだが中国に近づく中央政府と台湾と修好したい地方との間には緊張関係がある。中央政府が台湾と断交した後もマライタ州は独自で台湾との関係を続けているそうだ。つまり台湾と中国はこの地域でそれぞれの政治権力に近づいて援助合戦をやっている。地方と中央政府がライバル関係にあるという構図は日本人には理解しにくい。
緊張の背景にあるのが中央政府に対する不信感だ。あるNGOの調査によると97%が「政府の不正は大きな問題だと感じている」そうだ。特に主要産業の林業で政官財の癒着があるという指摘もあるのだという。
そんな中2022年3月31日に中央政府は中国との間に安全保障の協定を結ぶと表明し仮調印まで済ませた。詳細は不明だがオーストラリアは当然中国の影響を警戒している。一方で太平洋諸島フォーラムとの関係も不明のままだ。
太平洋フォーラムの地域は中国の切り崩しを受けている。パラオなどのミクロネシア5か国は脱退を表明した。こちらはすでに中国の影響が顕著になりつつある。だが、ソロモン諸島はいまだに経済から安全保障まで幅広い援助を提供するこの枠組みを抜けてはいない。
日経新聞の英語版はソガバレ政権は既存のオーストラリア・ニュージーランドの援助の枠組みに加えて中国の援助も求めるのではないかと書いている。また、ソガバレ首相は「中国軍の常駐を認めることはない」といっているが周辺諸国がそれを認めるかというのはまた別問題だ。
このように極めて独自性が強い外交を展開しているソロモン諸島だが形式的にはエリザベス2世女王をいただく英連邦の国である。大きな国からの援助をねだりそれがうまくゆかないと中国に接近するという図式になっている。また中国もそれが介入のチャンスだと考えているのだろう。
中国は権力者に近づき援助を持ちかける。独裁的な権力者であればあるほど利権は独り占めされる。地域では中国人街が作られ援助ビジネスの労働の担い手となる。こうして中国は軍事的な影響力だけでなくビジネスチャンスと労働者の輸出先を確保する。借金を背負わされ港を租借地として差し出すことになったスリランカの例もある。スリランカでは外資が不足し計画停電が起きているそうだ。現地経済が困窮しても中国は困らない。権力者さえ味方につけておけば逆に土地を差し押さえることもできてしまうからである。
中国が太平洋地域に接近する理由は必ずしも明らかではないが影響力を高めようとしているのは確かである。例えばフランス領のニューカレドニアの独立を問う国民投票の時にも「中国の影響が強まる可能性がある」とニュースになったことがある。2021年12月の話だ。フランスから独立をすればフランスは援助を止めると考えられており「ここも中国の配下に収まるのではないか」と警戒されたのである。
結局、ニューカレドニアでは独立派が国民投票をボイコットしたことで独立は阻止された。あらかじめ3回の投票が定められており最後の投票になるはずだったのだが、独立派はこれをノーカウントにしたいためである。ニューカレドニアの独立問題はいまだにくすぶったままだ。
ソガバレ首相は援助先が増えたと気軽に考えているようだが、朝日新聞に掲載されたロイターの記事によると、オーストラリア・ニュージーランド・アメリカはソロモン諸島が中国の影響圏に入ることを心配している。
だがミクロネシア連邦などは「アメリカと中国のややこしい問題が地域に持ち込まれるのではないか」と警戒する。ウクライナ問題など大国の覇権争いが紛争に発展する事例が増えておりこのミクロネシア連邦の心配は杞憂とは言えない。