ホンジュラスは中米の最貧国だ。他の国が反米左派と軍部の間で内戦を繰り返すのをよそにアメリカへの反抗を諦めたという歴史がある。内戦も起きなかったが経済は沈滞したままだ。そんなホンジュラスで前大統領がアメリカに引き渡されるという事態になっている。
ファン・オルランド・エルナンデス大統領は2010年から国会議長を務めたのち、2014年から2022年まで2期8年大統領を務めた。再選時の2017年には野党側が「大統領選挙に不正があった」として抗議運動を起こしそれが暴動にまで発展した。非常事態が宣言される中で開票作業が進んだそうだ。
AFPは抗議運動の背景について書いている「最高裁が憲法にある大統領再選禁止その規定を無効と判断したため現職のエルナンデス氏が再選を目指して大統領選に出馬していた」ということだ。政治と司法が癒着しているのだろうなと感じられる。だがそのわずか数年後にエルナンデス氏のアメリカへの引き渡しを許可した。政治権力が入れ替わったためもはやエルナンデス氏を擁護する必要がなくなったと感じたのかもしれない。
このような経緯を経て再選された大統領だが裏で麻薬の輸入介助をやっていたようである。ホンジュラスの司法や検察がうまく機能していないのは明らかである。コロンビアやベネズエラから約500トンのコカインを米国に送る違法取引に関わった疑いがあるとみられている。1月に退任した直後の逮捕だった。これまで大統領が逮捕されなかったのは不逮捕特権があったからであるとされているが、おそらくそれだけではないだろう。
中南米ではよくあることなのだろうが、腐敗した政治権力を覆すためには政敵がその権力を駆逐する必要がある。国民は熱狂的にその政敵を支持する。だがおそらくはその政敵が今度は腐敗した政治権力になる。その繰り返しだ。この時に緊急事態宣言や議会を無視した超法規措置が取られるというのも恒例である。
ホンジュラスは一院制の政党名簿式比例代表議会を持っている。ペルーほど政党の乱立はないのだがやはり議会制民主主義は脆弱なようだ。今回は憲法で再選が禁止されていて大統領になれないセラヤ元大統領の妻のシオラマ・カストロ氏が当選した。カストロ大統領は政党に所属せず国民投票の導入などを目指して直接民主制度を導入しようとしているそうだ。議会を無力化しようとしていることになる。夫のマヌエル・セラヤ元大統領は再選規定を無視して大統領選挙に出馬しようとしたところクーデターを起こされて拘束された。このため大統領選挙に出馬する資格がない。
カストロ新大統領は親中国をかかげて経済的に沈滞するホンジュラスを中国の援助で立て直そうとしていた。そのためメディアは「左派」と書くことが多かった。そこでアメリカと台湾はそれぞれ副大統領と副総統を就任式典に派遣しカストロ新大統領の引き止めを図った。
ホンジュラスはアメリカ合衆国の不法移民の送り出し国になっている。トランプ大統領はこれを理由に援助を打ち切っていた。この就任式典で何が話し合われたのかはわからないがおそらくは援助について話し合われたものと思われる。選挙キャンペーン中から親中派といいながら「最終決定をしていない」と言っており「バーゲニング」を行なっていたのだろう。つまり援助を打ち切るなら中国と接近しますがいいですか?というメッセージを送っていたのだ。
このように大国の援助をあてにした経済運営、司法や軍部を巻き込んだ大統領の再選阻止・黙認、大統領が絡んだ麻薬輸出など民主主義は破綻した状態になっている。
国民経済が回復する兆しが見えないことから依然としてアメリカ合衆国を目指すものが多い。農業インフラの整備などの建設的な提案も見られるようだが、アメリカ合衆国は「国益に沿って短期的に投資が回収できるか」を重要視しており予算の獲得が難しいそうである。
いずれにせよ裁判はアメリカで行われることになった。一度は再選を黙認した司法も今回は「アメリカで裁判を受けてください」として大統領をアメリカに引き渡してしまったことになる。司法と行政がうまく分離できていないということがよくわかるが、こうした破綻寸前の司法では自国で前大統領を裁くのも難しかったのだろうなと思う。