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エルサルバドルの緊急事態宣言

日本で憲法改正が議論されるようになると他国の状況が気になる。エルサルバドルで緊急事態宣言が出された。この緊急事態宣言で憲法で保証されている国民の権利が一部制限できるようになるそうだ。

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エルサルバドルは人口が700万人弱の中米にある小国である。この地域はアメリカの介入とそれに反発する左派系ゲリラが対立を繰り返しており政情が安定しない。エルサルバドルも例に漏れず治安悪化が常態化している。ホンジュラスやハイチほど悲惨な状態にはないがそれでも一人当たりのGDPはかなり低く貧しい経済的地位にある。

政治腐敗や治安の悪化がかなり進んでいるため左右どちらでもないブケレ大統領(ナジブ・ブケレ・オルテス)と彼が率いるNuevas Ideasが人気を集めている。Nuecas Ideasは84名が定員の議会で56の議席を持っているそうである。例えて言えば「エルサルバドルの維新」のような政党だ。この改革政党が国民の権利を制限し治安を回復させようというのが今回の緊急事態宣言の目的である。

AFPによると次のようなことができるようになる。

  • 宣言により、結社・集会の自由が制限される。裁判所の命令なしに手紙が開封されたり、電話や電子メールが傍受されたりする可能性もある。
  • また、当局による72時間以上の拘束が可能になる上、逮捕理由を知らされなかったり、拘束後、弁護士への接見を制限されたりすることもある。

注目すべきなのはこの緊急事態宣言が犯罪調査の強化ではなく治安維持のためにデザインされているということだろう。CNNを読むと「必要な場合のみ、関係機関によって執行される」とされており「大多数の国民にとっては平常通りの生活が続く」と説明されているそうだ。だが使い方によっては野党集会を制限することもできるようになる。

エルサルバドル国民の目下の敵はギャングである。カリフォルニアで生まれアメリカの軍事教練を受けて育ったという歴史がある。

2014年にマラ・サルバトルチャ(Mara Salvatrucha)について書いてある記事を見つけた。エルサルバドルはもともと警察力が弱くギャングが抗争を続ける状態だった。生まれた時から内戦だったという社会を「社会とはそういうものだ」と思っている人も多いようだ。体に死んだ身内の数や殺した敵の仲間をタトゥーとして永久に体に記録する。また一度入ると抜けることはできない。家族と一緒に殺されてしまうのだという。

エルサルバドルの状況はなぜ生まれたのだろうか。まず、スペインの統治の問題がある。スペインの植民地支配にはいくつかの拠点があったのだが中米地域は拠点から遠い場所にあり、有効な政府が生まれなかった。官僚も統治機能も不十分で況してや議会制民主主義など育つはずもない。つまり根本にあるのはスペイン統治の失敗である。

結果的に中南米地域には地域に根ざした軍閥のようなものが生まれる。この地域もメキシコから独立し連邦を組んだ。だが連邦は瓦解し地域政府がそのまま独立国になったという歴史がある。

次にアメリカがこの地域に介入した。中米に利権のある企業を支援するためである。共産主義勢力が台頭するとそれを排除するために軍事的な支援も行った。特に熱心だったのがロナルド・レーガン大統領である。この時に支援された武器と軍事教練を受けた兵士を脆弱な政府がコントロールすることはできずゲリラ化した人たちがギャングとなりエルサルバドルの治安を不安定化させている。

そこに生まれたのが右でも左でもないという改革政党を率いるブケレ大統領である。

エルサルバドルはアメリカ経済から独立しようと「ビットコイン立国」を掲げている。デジタルアカウントを開設した人に30ドル分のビットコインを配るという政策でも話題を集めた。ビットコインは米ドルと並んでエルサルバドルの法定通貨だ。IMFからの警告を受けているようだがブケレ大統領は怯まない。Twitterのプロフィールには「世界で最もクールな独裁者」と書かれているそうだが、その型破りな姿勢が国民からの支持を集めている。

エルサルバドルはもともとの法定通貨コロンを維持できず通貨を米ドルに変えていた。だがビットコインは電力があればマイニングができる。つまり自分たちで通貨が発行できるのだ。エルサルバドルには豊富な地熱発電ができるため「自国通貨の発行」も夢ではないのだそうだ。だがそれは今の所単なる構想にすぎない。

現在、非常事態宣言を出して国民生活を制限している国としてもう一つ有名なのがウクライナだ。大統領に大きな権限が認められており緊急事態宣言によって議会任期が延長されている。緊急事態宣言が期限を迎える前にロシアへの分離を求める野党勢力の活動が制限された。議会第二党も含まれており形式上は民主主義を制限している。

こちらも長年政治家の腐敗にうんざりしていた国民が「非既存政党」である国民のしもべ(記事では国民の奉仕者)を支持したという経緯がある。定員は450名だが241名が国民の奉仕者の議員なのだそうだ。

もちろんエルサルバドルとウクライナでは状況が全く異なるのだがいずれも自国の治安が壊滅的に破壊された場合に発動される最終手段だということがいえる。さらに既存政治への不信感が高まったことで非伝統的な政党が作られその政党が議会を制限しているという点にも共通点がある。

つまり、緊急事態宣言とはこれくらいのことが想定されるということにならなければそもそも「何のために使うのか」ということが正当化しにくい制度なのである。

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