国際社会がバイデン大統領の発言の真意を測りかねている。ウクライナ情勢に出口が見えない中でひたすらにプーチン大統領を非難するトーンを強めているからである。そこで開戦以来のバイデン大統領の発言をまとめて見ることにした。1ヶ月のことなのだがすでに忘れていることがたくさんある。いずれにせよアメリカ国内でのバイデン大統領の支持率は下げ続けている。
開戦前の2022年2月23日プーチン大統領は侵略者でありその代償を支払うべきだがアメリカ軍はウクライナでは戦わないと発言した。読売新聞とハフポストの記事を見つけた。これがウクライナへの不介入を保障したとみなされ、のちに批判されることになる。アフガニスタンからの撤退に続く外交上の失策だというわけだ。
この失敗を挽回するためなのか、2022年3月1日の一般教書演説ではプーチン大統領への批判を強めてゆく。プーチン大統領を呼び捨てにし強い口調で非難し自由は独裁に勝つという確固たる決意を示した。
党派対立が高まるアメリカではこの部分と警察組織の強化にのみ超党派での拍手が見られたそうだ。会場にウクライナの大使を呼びウクライナ情勢を政治利用しているという批判もあった。さらに演説原稿から離れ追加の経済制裁を表明しプーチン大統領に強い警告を送った。一般教書演説の中では中間層への支援を表明して見せたが支持率は低いままで推移している。BBCがまとめている。
改めてこの一般教書演説の状況を思い返すとトランプ政権末期の状況で民主主義が破壊されるかもしれないという脅威や経済的に貧しく治安が悪化した地域の不安などがごっちゃになっていてウクライナに投影されたということがわかる。これは比較的治安が安定したまま経済的に停滞している日本人からは全く理解ができないアメリカの特殊事情かもしれない。
また2日には記者団に対して「ウクライナを侵攻したロシアが民間人を意図的に攻撃している」という認識を示す。だが戦争犯罪とみなすかどうかについては「注視しているが断定にはまだ早い」と言及を避けた。
おそらくこの時にはプーチン大統領の戦争犯罪についてはある程度のラインが出ていたのではないかと思う。これを理解するためには国際的な「戦争犯罪」をめぐる国際情勢を理解する必要がある。
この頃からロシアの戦争犯罪についての議論が出てくる。BBCは3月15日に解説記事を出している。戦争犯罪は国家の戦争犯罪と個人の戦争犯罪がある。個人の戦争犯罪については明確な司法の枠組みがなく個別に対応されてきた。現在は国際刑事裁判所が個人の戦争犯罪を裁くという枠組みができているのだがアメリカもロシアもこの条約を批准していない。とはいえアメリカが勝手に個人の戦争犯罪を言い立てても国際社会は追随しないだろう。少なくとも「国際世論」を醸成し「プーチン大統領を戦争犯罪人にする」世論を盛り立てる必要がある。おそらく「外交的」にはこれが正論である。
日経新聞もプーチン大統領らに対する国際刑事裁判所の捜査が始まったことを伝えているが実効性がある枠組みではないと指摘している。
バイデン大統領は3月11日に再びプーチン大統領を非難しロシアの最恵国待遇を撤回した。G7は強調してこれに対応した。完全報復などの経済制裁措置が可能になる素地が法的には整った。
3月16日には初めてプーチン大統領は戦争犯罪人だと思うとの個人的見解を表明した。ロシアは反発した。呼び止められた記者に対応しての発言だったのでオフィシャルにセットされた質問ではないということがわかる。BBCは原稿が用意されていたわけではなくその場での発言だったようだと書いている。この頃までには「アメリカ合衆国がプーチン大統領を戦争犯罪人に指定することはできない」というラインはできていたのだろうが、バイデン大統領は政治的心情を示すことによって弱腰批判をかわそうとしたのかもしれない。
この時点ではサキ報道官が火消しに走った。公式に宣言したわけではなく自分の心で感じていることを口にしているのだろうという説明だった。サキ報道官によると戦争犯罪の認定は国務省による別の法的手続きがありそれは現在進行中なのだという。ロシアは当然「このバイデン大統領の心の声」に反発した。
3月23日に国務省はロシア軍がウクライナで戦争犯罪を犯したと認めた。ただし、戦争犯罪を認定するためには捜査や調査が必要であり軽々には断定できないとした。また、戦争犯罪が国家犯罪なのかプーチン大統領を含む個人に責任があるかについては言及を避けた。
CNNによるとブリンケン国務長官がこう表現せざるを得ないのは「最終的には、この犯罪に管轄権のある裁判所が個別の事件で刑事犯罪を決定する責務を担う。米政府は戦争犯罪の報告の追跡を続け、必要に応じて同盟国やパートナー、国際機関や組織に情報を共有する」からである。つまりアメリカにはそもそも「戦争犯罪を断罪するほう的権限がない」ということをアメリカの政府関係者はよくわかっているのである。少なくとも国務省はその筋で行こうとしているのだ。
この件についてQuoraに投稿したところ「国務省と軍部やCIAの間には意見の相違があるのではないか」と言及する人がいた。確かに軍や諜報機関はプーチン大統領を排除したがるだろう。3月24日にはG20からロシアを排除するかウクライナを加えるべきだという「私見」を述べた。アメリカ政府の総意ではない「大統領の私見」であると同時に国際社会から同意が得られるかどうかもよくわからない「私見」である。
3月26日には「バイデン大統領はプーチン大統領は権力の座にはいられない」と表現した。これも草稿にはない発言だったと言われている。草稿にないということを明確にすることで「なんらかの意見表明をしている」というトーンになっている。この発言が国際世論に向けられたものなのか、ロシアの内政を動かそうとしているものなのか、あるいは米国内の世論を喚起しようとしているのかはよくわからない。
トランプ大統領であれば「ああまた言っているよ」で終わっただろう。大統領が暴れても周りがなんとか抑えてくれるだろうという妙な安心感があったからだ。だが、バイデン大統領が継続的に政府発言から逸脱した発言を繰り返すようになると「アメリカで深刻な意思決定の問題が起きているのではないか」と思わせる。却ってアメリカの民主主義が根本から破壊されているように見えてしまうのである。国際世論は「アメリカの信頼性と威信は低下した」とみなすだろう。
もちろんロシア国内でバイデン発言に呼応してプーチン大統領に対する反旗を翻すというような動きは起きていない。さらにアメリカの世論調査によると開戦当初「ロシアへの好感」からやや上昇していた支持率がまた元に戻ってしまったようである。
仮にバイデン発言が支持率の回復とバイデン強硬路線の支持を訴えたものであるとするならばそのメッセージはアメリカ国民に届かなかったことになる。世論調査には各種あるのだが日本語で見やすいReutersのものを提示しておく。注目すべきなのは民主党の中にも不支持という人がじわじわと増えているという点である。このままでは中間選挙はかなり厳しいものになるだろう。