バイデン政権がこのほど外交・安全保障の重要指針の一つを撤回した。それが「唯一の目的」宣言である。共同通信が短く伝えている。背景にあるのはもちろんロシア・ウクライナ情勢だ。バイデン大統領のペットプロジェクトだったウクライナ問題がバイデン政権の重要政策放棄につながっている。国内では支持率が低迷しており秋のねじれ議会と2年後の共和党政権の可能性も高まるだろう。
バイデン政権は大統領選挙の時から「アメリカからの軍隊を世界各地から撤退させる」と宣言してきた。それに伴い核軍縮も縮小するという約束になっていたそうだ。今回の宣言撤回の意図をこのように読み取っている人がいた。新聞のリークだったのだそうだ。つまり現実的な使用が念頭に置かれているということになる。つまり核戦争の危機が一歩現実に近づいているのである。
いずれにせよ、バイデン大統領は自国の防衛に専念しますとも言えないので「中国シフト」と「核軍縮」を利用しようとしていた。自民党に近い筋の読売新聞は当初からこの「唯一の目的」宣言に反対していたようだ。先制不使用ということは「少なくとも一回は攻撃を受ける」ことを意味する。それが許容できないということだろう。
北朝鮮のミサイルには何ら有効な対策が打ち出せていない中「アメリカの撤退縮小」が懸念として重くのしかかるなかでウクライナ情勢が悪化した。その結果として日本の心配事は一つ消えた。だがそれと引き換えに世界情勢はさらに緊迫し小麦や石油の価格上昇と国民生活の悪化が懸念される状況になっている。
おそらくバイデン政権の登場、敵基地先制攻撃論や核シェアといった問題が議論されてゆくきっかけだったのだろう。おそらく保守の間では共有されていた懸念なのだろうが左派リベラルの世界観で情報収集をしているとこの辺りのことがなかなか見えてこない。逆に「戦争をしたがる勢力が突然核軍備をエスカレートさせている」と見えてしまう。安倍元総理への根強い反感もあり国論は二分したままになってしまうのである。
おそらく「もう日米同盟は以前のようにはあてにならない」ということを保守が認めたくないのだろう。だが、おそらく近年の敵基地先制攻撃論や核シェア議論の高まりの背景にあるのはアメリカの衰退という認識である。
もちろんアメリカ側にも事情はある。アメリカの景気が加熱すると貿易赤字が増える傾向にある。特に中国依存が高まる。あれほど「デカップリングだ」などといっているのに実はアメリカ人は中国からの輸入品に依存して生活をしておりその依存はますます強まっている。同盟国の日本の借金はどうにでもなりそうだが相手は潜在的な敵対国である。何が起こるかはわからない。
さらに政府も巨額の赤字を抱える。バイデン大統領が経済制裁をほのめかしつつ何もしないのはそのためである。何もしないというよりお金がなくて何もできないのだ。
バイデン大統領の「撤退」は各地で波紋を呼ぶだけでなく現実的な脅威として世界情勢を悪化させている。最初の失敗はアフガニスタンだった。さらに中東ではフーシ派のテロ指定を外した結果サウジアラビアなどへの攻撃が強まっている。さらにペットプロジェクトだったウクライナではロシアを刺激しウクライナで戦争が始まってしまった。
NATOは「いざとなったらアメリカは何もしてくれないのではないか?」と懸念を強めている。だからこそヨーロッパまで出かけてゆき「アメリカは第5条を守りますよ」と再確認させられることになってしまった。「神聖な義務」といったそうだが米国議会がこれを守ってくれる保証はない。相手を怒らせる天才バイデン大統領のことだから議会の説得も一筋縄では行かないだろう。反旗をひるがえすのは身内の民主党かもしれない。
日本ではエマニュエル駐日大使が広島を訪れた。非核・不戦の誓いではなく「プーチン大統領を非難する」ために広島を利用した形だ。これは実は本来の広島訪問の趣旨とは真逆である。言い方は良くないかもしれないが広島の原爆被害者の心情を蹂躙している。そもそもなぜ長崎には行かないのかという気にもなる。中国新聞の記事によると「バイデン大統領の訪日の際には広島・長崎のどちらか一つには行かせていただきたい」と表明したそうだがこれもプーチン大統領を非難するために利用されるのかと思うといささか気が重くなる。
いずれにせよ岸田総理は非核・不戦の誓いとは裏腹にに日本の国益を代表して「今まで通り(あるいはもっと)核兵器の役割を維持してほしい」とすがっていたことになる。おそらく安倍元総理が同じようなことをやっていたら大問題になっただろうが広島選出の総理大臣だからこそこの真逆の動きが表面化しにくいのだ。皮肉な話である。
核兵器禁止条約の初会合は2022年6月に開かれるそうだ。日本もアメリカも参加しない上に核兵器の傘の下にいる国々はロシアへの恐怖から核兵器への心理的依存を強めている。さらに北朝鮮もミサイル開発を進めており「とにかく非核だ」とは言いにくい状況が広がる。