ウクライナ情勢が膠着状態に陥った。そろそろウクライナに疲れて来た人も多いと思うのだが「ウクライナの次」に来そうな国がある。それがイエメンだ。イエメンには天然資源がないため西側では無視されて来たのだがこれがサウジアラビアとUAEに飛び火している。日本にも石油価格の高騰という形で影響を与えそうだ。
イエメンはオスマン帝国に支配されたのち一部がイギリス領になった。1962年にイエメン王国が崩壊すると南北に分かれる。1990年に南北が統一されるサハレ大統領による政権運営が始まった。ところが2011年のアラブの春の余波で内乱が起こりサハレ大統領が退陣すると状況が不安定化し2015年にイエメン内戦が起こる。
イエメンではサウジアラビアやUAEほどは石油が取れない。国民の多くはアラブ人であり民族的な問題はないが50%より少し高いスンナ派と50%を少し割り込むシーア派という宗教構成になっている。
イエメン内戦ではイランに信者が多いシーア派の流れをくむフーシ派が勢力を伸ばす。このため最終的にはスンナ派とシーア派という争いになりイランとサウジアラビアの代理戦争の様相を呈するようになった。最終的にはアルカイダが入り込み三つ巴の激しい内戦が続いている。
イエメンが注目されてこなかった理由はいくつもある。
- 石油も天然ガスもそれほど取れないため西側が関心を持たなかった。このため「民主主義のための戦い」というポーズをとる必要がなかった。
- ゼレンスキー大統領のように世界世論に訴えかけるようなリーダーも現れなかった。サウジアラビアはイエメンに対してかなり過激な空爆を行っている。イエメンはコレラが蔓延しイエメンの人道状況は最悪というレベルにある。サウジアラビアは政権批判をしていたジャーナリスト殺害などもやっている。ウクライナと違って「人権侵害をしている人たちを応援しなければならない」という負い目があり議会でも注目されてこなかった。
- ウクライナのような白人国家ではなかった。
ただ、国際社会が介入しない限り地域間対立が自然に収まるということはない。イランからの支援が入ったフーシ派はサウジアラビアやUAEなどに報復攻撃を仕掛けるようになった。
アメリカ合衆国はサウジアラビアやUAEなどを支援して来たのだが「もう世界の警察官ではいられない」として徐々に撤退をしようとしていた。サウジアラビアのジャーナリスト殺害や非人道的な空爆へのコミットも難しい。
だが、これがサウジアラビアやUAEの不満の原因になっていった。ロイターの記事はアラブ側の不満を書いている。
サウジアラビアのムハンマド皇太子は反体制記者殺害の関与が指摘されておりバイデン大統領は距離を置こうとしていた。国家指導者として待遇されるのを拒否したそうだ。記事を読むと「民主主義の味方」というアメリカの表向きの価値観と「エネルギー確保」という国益がうまく合致していなかったことがわかる。アラブの不満はこれだけに止まらなかった。
- 2011年アラブの春でオバマ政権がムバラク政権を見捨てたことにも不信感を持っている。
- 宿敵イランとの間に2015年に核合意を結んだことも「事前に相談がなかった」と映った。
- 2019年にサウジアラビアはミサイルと小型無人機による攻撃を受けたがアメリカ政府の対応は冷淡なものだった。
- UAEは2022年1月にフーシ派から首都アブダビに攻撃を仕掛けて来たのだがアメリカの対応がそっけなかった。
アメリカもこの地域には手を焼いてきたのだがイラクもフーシ派の暴走が抑えられなくなっているようだ。
お互いに「まだ大丈夫だ」と状況をエスカレーさせていった挙げ句、状況がコントロールできなくなっていったという意味ではウクライナと共通するものがある。
いくら攻撃を繰り返してもフーシ派を殲滅させることはできない。誰も仲介する人がいない状況で攻撃はエスカレートする。2022年1月にもサウジアラビア・UAEの空爆で70名の市民がなくなっていたそうだが世界は注目しなかった。
ついにサウジアラビアも「石油施設への攻撃を放置するなら西側に石油の安定供給はしない」と言い出した。国営石油会社サウジアラムコは西部ジッダにある物流施設を攻撃されている。これがどれくらい大きな攻撃だったのかはわからないのだが西側先進国に踏み絵を踏ませようとしているのだろう。
不満の矛先はバイデン大統領に向かう。まずはロイターの記事の該当箇所である。
サウジが特に米国から突き放されたと感じたのは、19年にミサイルと小型無人機による攻撃を受けたのに米政府の反応がすげなかったことだ。UAEも今年1月、イエメンの親イラン勢力であるフーシ派が首都・アブダビに攻撃を仕掛けた後、米国が示した姿勢に不満を感じている。UAEはバイデン氏にフーシ派をテロリストに再指定するよう要請したものの、米政府はまだ実行していない。
焦点:原油急落させたUAE声明、存在感誇示の裏に対米不信も
次に日経新聞に掲載されたFinancial Timesの記事にも同じような記述がある。
サウジとUAEはフーシ派との戦いで米国など同盟国から支援が得られないとして不満を募らせていった。バイデン米大統領は就任時にフーシ派へのテロ組織指定を解除したが、両国は再指定するよう求めている。バイデン氏はフーシ派と戦う連合軍への支援も打ち切り、サウジへの迎撃ミサイルの供与を続ける一方で攻撃用兵器の売却は凍結した。
[FT]フーシ派が攻撃のサウジ、石油供給の「責任負わず」
どちらもバイデン大統領がフーシ派をテロリスト認定しないことに腹を立てている。だがサウジアラビアもUAEもイエメンに対して人権侵害としか言いようがない攻撃を仕掛けている。サウジアラビア国内でもジャーナリストが弾圧されている。この先バイデン大統領は国益か民主主義かという踏み絵を踏まされることになる。すると当然「アメリカについていれば大丈夫」と考えている岸田政権にも踏み絵となるだろう。デイリー新潮がウクライナ危機によって電気代が2兆円値上がりするかもしれないと書いている。他人事ではいられない。
ただし中東は中東で問題を打開しようとする動きがあるようだ。ニューヨークタイムズやアルジャジーラが、イスラエル主催の外相会談やヨルダン国王主催の会議などについて伝え始めた。ウクライナ産の小麦の価格の問題やイランとの核合意などについて話し合いが持たれるようだ。