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国際司法裁判所がロシアへの停戦命令を出したもののロシアは従わなかった。これはなぜなのか?

国際司法裁判所がロシアへの停戦命令を出した。法的拘束力があるとされているのだがロシアは従わなかったという。これはなぜなのかを調べてみた。背景には国連の複雑な仕組みがある。

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国連は常任理事国のロシアに実効性がある命令を下せない

まず国際裁判所には国連憲章と一緒に作られた国際司法裁判所と国際刑事裁判所がある。国際刑事裁判所は個人の戦争犯罪を裁くのだが大きな国はほとんど参加していない。一方国際司法裁判所は法的権限はあるが実行力はない。安全保障理事会にレポートすることで安全保障理事会が実効性のある対策を決めることになっている。

つまり仕組み上、国際司法裁判所は常任理事国で拒否権があるロシアに実効性がある命令を下すことができない。国連の仕組み上常任理事国の暴走は想定されていないのだ。ロシアは今回の暫定命令に強い不満を示しており審理を欠席し文書で不満を表明したそうだ。中国も今回の審理を「夾雑物」とみなし批判している。

今回の判断は判決ではなく停戦命令でありロシアの違法性が認められたわけではないが国連総会と並んで国際社会の意思を示すことはできる。

過去の国際司法裁判所の命令事例

国連司法裁判所は「両国がその判断に従う」ことを明示的に申告した場合には実効性のある対策を示すことができる。日本では竹島(独島)問題で国際司法裁判所に提訴しようとしたことがあったが、韓国が司法裁判所への付託を拒否した時にニュースになったことがある。韓国にとっては「領土」を失うリスクがあるが日本としても判決が望まない形で出た場合に現状を受け入れなければならなくなるというリスクがあった。そこで両国はこの紛争を国連司法裁判所に持ち込まなかった。

2020年1月にミャンマーに対してロヒンギャ難民へのジェノサイド行為防止を命じる暫定措置をだしたことがある。ガンビアの請願によるものだったそうだがガンビアは事前に多くの国の同意を得ている。つまり国際世論を示すための行動だった。さらに、暫定措置命令は自動的に安保理に通告される。安保理はここで初めて拘束力のある決議をするかどうかを審議する。この時には中国とロシアがミャンマーの軍政を庇っており実効性のある対策を打ち出すのは難しい情勢だったようだ。

国際司法裁判所は国連加盟国の意思を結集し安保理に問題提起をすることはできる。その命令には法的拘束力があるのだがその法的拘束力とは安保理への通告権に過ぎないともいえる。常任理事国のアメリカ・イギリス・フランス・ロシア・中国のいずれかが利害関係当事国だった場合は安全保障理事会は機能不全に陥る傾向が強い。今回のロシアの即時停戦の暫定命令でもロシア人の副裁判長と中国の判事が反対したそうだ。

そもそも国際司法裁判所は個人を裁けない

さらにこの暫定停戦命令はロシアやプーチン大統領を「戦争犯罪人」として裁くという意味は全くない。国連の情報ページでは、提訴できるのは国家だけであって刑事裁判所でもないとその特殊性を詳しく書いている。

国際刑事裁判所(ICC)は戦争犯罪と人道に対する罪の疑いで捜査を始めているのだがアメリカはこれに参加していない。あくまでも独自で認定し同盟国などに追随をも止めるというやり方をとっている。

では誰が戦争犯罪人を裁くのか、誰が裁くべきなのか?

今回プーチン大統領を誰が裁くべきなのかという点については盛んに議論されている。欧米系のメディアを見ると色々な記事があるのだが、なぜか日本ではこれを扱う新聞社はない。

人道上の罪で個人を裁くべきであるという主張は第二次世界大戦後から根強く存在した。第一の事例は東京裁判やニュルンベルク裁判などの戦勝有志国の裁判だった。この戦争有志国(連合国)が発展してのちに国連になった。

次にイスラエルが逃亡したアドルフ・アイヒマンを裁いた例がある。一度は逮捕されたものの逃亡し死亡したと思われておりニュルンベルク裁判で裁かれることはなかった。のちにアルゼンチンからイスラエルが拉致同然でアイヒマンを捕捉し「被害にあったユダヤ人」の救済とうい名目で裁判をやり死刑にしてしまった。当然ながらこの裁判にが正当なものなのかは大いに疑問があるのだが、殺されたユダヤ人を救済するためには誰かが裁かなければ泣き寝入りになってしまうと正当性を訴える人も出てくる。

このように個人の戦争犯罪は別のスキームで争われる。ユーゴスラビアのケースでは個別の国際刑事裁判所が設置された。これはルワンダの法廷などと統合され今でも残っている。のちに条約が作られ国際刑事裁判所というものが別途設置された。

ところがアメリカ合衆国は国際慣例には従いたくない。あくまでも自分たちの議会の判断で敵対するものを裁きたい。このためアメリカは国際刑事裁判所の条約を批准していない。もちろんロシアも入っていない。

おそらく今回も国内議論優先でプーチン大統領を裁きたいアメリカと反発する世界

アメリカ合衆国はロシアが戦争犯罪を犯している可能性は指摘していたもののプーチン大統領を追い詰めることを恐れて断定することは避けていた。ところが2週間経っても状況は改善しない。そこでバイデン大統領はプーチン大統領を戦争犯罪人だと罵り始めた。当然ロシアはこれに反発した。

病院や民間施設への攻撃が空撮により確認されている。証拠がではじめたことで戦争犯罪を立証しやすくなっているのだろう。一方でプーチン大統領を戦争犯罪人として名指しすることでアメリカがこの戦争を仲介することは極めて難しくなった。加えて国際刑事裁判所を認めていないアメリカが勝手に戦争犯罪人を認定する手続きをとることに対して国際世論の支持が得られるかはわからない。中国やアラブ圏(サウジアラビアやUAE)などはアメリカから離反し始めている。アフリカの国々もこれに追随する可能性がある。

包囲網に焦るプーチン大統領

プーチン大統領の独裁によって戦争を遂行しているロシアのメンツを潰し和平交渉を難しくする効果もある。戦争犯罪人の容疑者になったプーチン大統領は国内のテレビでロシア国内にいる「裏切り者」を罵倒したそうだ。

国内ではテレビしか見ないソ連時代を知っている中高年とSNSを知っている若者の間に意識格差が広がっている。抵抗運動も続いていることから焦りが生じているものと思われる。

プーチン大統領は国民から支持されていることをアピールするため支援者集会を生中継したそうだが「サーバーの技術的事情」により中継は途中で終わってしまったそうである。

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参考文献


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