前回のエントリー、プーチン大統領が引き起こしたウクライナ戦争はエネルギー争奪戦だと考えられることがわかった。こうなると別のエネルギー争奪戦争と比較したくなる。それがイラクである。対イラク戦争は欧米の勝利で終わった。イラクでの権益が確保され一部の人たちに多大な恩恵をもたらせた。各国国民の支出した税金はこの権益確保のために惜しげも無く利用されたのである。
国際社会に挑戦し「言いがかり」で死刑になったフセイン大統領
イラクには戦時債務があったが債務返済に使える資源は石油だけだった。債務の返済が遅れ流とアメリカは食料を制限し始めた。イラクのサダムフセイン大統領は石油価格の下落に苛立ち「クウェートが石油を安く売っているからだ」と考えてクウェートに侵攻した。これが湾岸戦争を引き起こす。欧米だけでなくアラブ圏の国が戦争に参加した。
ヨーロッパが戦場ではなくイラクには核がなかったので世界大戦とは呼ばれなかった。
この戦争は有志国連合の勝利で終わるのだがフセイン政権は倒れなかった。その後もフセイン政権は欧米に敵対的な態度を取り続けたのでアメリカは政権打倒の口実を探していた。
一つ目のキャンペーンは9.11同時多発テロだった。アラブへの憎しみが盛んに喧伝された。次のキャンペーンはイラクが大量破壊兵器を持っているというものだった。国連で安保理決議1441が採択された。大量破壊兵器の脅威は取り除かれるべきだという決議だったのだが、のちに大量破壊兵器がなかったことがわかっている。いずれにせよサダム・フセインは逮捕され死刑に処せられた。のちに大量破壊兵器がなかったとしてイギリスの議会では大問題が起きるのだが、英米が手に入れた利権を元に戻すべきだという議論はなかった。
イラクのその後
サダムフセインが取り除かれた後のイラクには連合国暫定当局が置かれた。その後有志連合軍は国連軍となり暫定政権を管理した。
アメリカ軍派2010年から撤退を始め2011年に撤退した。国民生活は比較的貧しいままで最近では小麦価格高騰のデモが起きている。またイランから北部クルド人地区にミサイルが撃ち込まれイランの関与が指摘されている。ソレイマニ司令官殺害の報復だと考えられている。つまり挑発と報復は今でも続いている。
イラクの失業率は高く政府も腐敗しているのだが、アメリカの積極的な支援はない。アメリカの目的はイラクの石油利権の確保であり民政にはそれほど関心はないからだと考えられる。
この利権確保方針が最も露骨に表れたのはアフガニスタンの撤退だった。天然資源はあったようだが治安が安定せずビジネスにするのは難しかったようだ。バイデン大統領はアフガニスタンを見捨て大量の難民が出たのだが、国際社会は徐々にアフガニスタンを忘れてしまうようになった。
ロシアがイラクルートを辿るとどうなるか
ロシアがイラクルートを辿るとすると欧米を中心とした連合軍が組織されることになるだろう。NATOの他にNATOの外側からも軍隊が集まるはずだ。だがこの戦争でプーチン大統領が殺されることはない。追い詰められたプーチン大統領は周辺諸国に対する圧力を徐々に過激化させてゆくことになる。
そのうちなんらかの言いがかりによってプーチン大統領を戦争犯罪者とする決議が行われる。今度は明確に「ロシアに対する戦争」が組織される。目的はプーチン大統領の確保と裁判だが結論はすでに死刑と決まっている。プーチン大統領が殺された後でロシアの天然ガス資源は英米に接収されて山分けになる。
おそらく残された政府は腐敗が蔓延することになるだろうが、英米の関心は民主主義ではなく利権なのだからロシア国民の暮らしは貧しいまま放置されることになるかもしれない。これはウクライナも同じことである。国営企業は解放され欧米の利権となるはずだ。
逆にロシアがこの戦争に勝ったとしても欧米の圧力により売り先がなくなる。ロシアはやがて暴発して挑発に乗らざるを得なくなるはずである。つまり最終的にはロシアは欧米の手に落ちることになるだろう。
イラクとロシアの違い
だが、このシナリオにはいくつかの欠落がある。この欠落こそが今回の分析の要点だ。
まず、ロシアは核兵器保有国なのでイラクのように座して死を待つということはないだろう。さらに戦場はヨーロッパになる。つまりNATOは他人の土地で暴れまわることはあっても自分たちの土地は汚されたくない。この結果、おそらくイラクの様なシナリオはそもそも怒らない。
もう一つの違いはSNSだ。湾岸戦争当時のインターネットは限定的だったため欧米側のプロパガンダを疑う人はいただろうがそれが広まることはなかった。これも英米にとってはマイナス要因だ。
最大の違いは国連の安保理決議が利用できないことだ。ロシアは常任理事国なので最終的にサダムフセイン大統領確保につながったような決議を採択することはできない。また中国も欧米のやり方を学習しておりロシアが一方的な悪者になることを避けている。
つまり、欧米の支配する言論空間が作られにくいという状況になっている。
民主主義は衰退しているのか?
ウクライナ・ロシアの件とイラクの件を合わせてみると民主主義は利権を守るための戦争を「あなたたちの戦争」に見せるための装置にすぎない。実際の関心事は欧米側から見れば利権の確保だ。
一方で、追い詰められる側の関心事は「行き詰った経済の打開」である。これは第二次世界大戦の日本の状態だ。戦争をやりたい人たちは「ここで満足する」ということはない。敵対者たちをとことん追い詰めて潰してゆくというやり方を取る。この時に大勢の国民が巻き添えになるのだが欧米は大して気にしない。
つまり今回の件でロシアや中国が最終的に崩壊しなかったとしてもそれは民主主義とは大した関係がない。そもそも戦争と民主主義には本質的な関係はないからだ。
ただ、このやり方は次第に通用しなくなっている。ブッシュ大統領が煽ったあとのことを我々は知っているのでバイデン大統領の煽りがアメリカの外に広がることはない。また、原因は非欧米圏の中国も欧米には追随しない。もう一つの原因は実はSNSである。SNSにはフェイクニュースによる撹乱効果もあるのだが湾岸戦争当時と比べると政府が発するメッセージを弱める働きもしている。
その様に考えるとそもそも我々が「破壊されかけている」と考えている民主主義はそもそも存在しなかったことになる。それは最初から我々を戦争へと導くためのきれいな絵にすぎなかったのかもしれない。額縁にかけて眺めているぶんにはいいのだが、実際には何の役にも立っていないということだ。