ウクライナの情報を見ていると色々な言葉が飛び交っている。新しい言葉にアゾフ連隊というものがある。これがナチスドイツと絡んでいるからウクライナはネオナチであるというロシアの宣伝に使われていて日本にもなぜか賛同者がいる。ロシアが主権国家であるウクライナに侵攻することはあってはならないことなのだから、アゾフ連隊ができた経緯がロシアの宣伝に利用されることなどあってはならないことだ。経緯を正しく押さえることでロシアの宣伝に利用されることがないようにしたい。
まずマスコミはこのアゾフ連隊の経緯について「隠したり」はしていない。もともとの前身を押さえた上で今は政府に組み込まれているというような説明をしている。
混乱を求めて各地から無頼漢が集まる
どこの世界にもはぐれ者がいて暴れまわる場所を探している。クリミアがロシアに奪われた後に起きたウクライナ東部の紛争は彼らにとっては格好のひのき舞台になった。彼らも自らのま無力感を高揚した民族の歴史によって補償した個人史を持っているように思える。
こうした作られたのがアゾフ大隊であり後にアゾフ連隊に昇格した。彼らは軍隊とは違いウクライナ内務省管轄の国家親衛隊に所属している。Wikipediaにはもともとサッカーのウルトラス(熱狂的なファンの団体)だったと書かれている。こうした暴れ者のネットワークはヨーロッパ各地にあり緩やかなネットワークを形成している。
意外なことにこのアゾフ連隊についてもっとも中立な書き方をしているのはアルジャジーラだった。アゾフ連隊はもともとボランティア(志願者)が作った少数者の集まりでネオナチを信奉し外国人排斥運動を行っていた。ウクライナの軍隊ではロシアに太刀打ちできないと感じたウクライナ政府がこの志願者たちに頼ることを決めたという歴史があるそうだ。
ウクライナは何度か「革命」と呼ばれるイベントを経験している。市民は国家に対して抗議する手段を持たなかった。このため荒っぽい人たちが初期の革命を主導したという歴史がある。ロシアこの革命で自分たちが支援した政治的指導者を追放されたという歴史もあり「いまでもウクライナ全体がネオナチに支配されている」という宣伝をやっているのである。
セルビアでも似たような過去
こうしたことはユーゴスラビアでも行われていた。サッカーのフーリガン対策が重要だと考えたミロシェビッチ大統領がアルカンという若者にフーリガン対策を依頼した。彼らは組織化し民族主義的な色彩を帯びてゆく。彼らはやがてセルビア民族防衛隊という民兵組織に変貌した。1991年に連邦軍の基地を手に入れると組織的な軍事訓練が行われるようになる。
彼らはやがて国内にいたイスラム教徒を無差別に襲うようになりユーゴスラビア内戦を泥沼の人道犯罪に変えてしまった。後にミロシェビッチ大統領は人道の罪で起訴されて裁判にかけられるのだが裁判途中に亡くなってしまい判決が確定することはなかった。
ユーゴスラビアもウクライナもウイルソン大統領の民族自決の呼びかけによって民族意識を高揚させたという経緯がある。ウクライナで東西分断が起こればバルカン半島化する可能性があるということだ。
アメリカが極右を支援していたという不都合な過去
アルジャジーラは「アメリカ合衆国は2015年にこの連隊を支援しないことを決めるのだが国防総省の圧力でこの限定を解除した」と書いている。なぜ国防総省が圧力をかけたかについての説明はない。
Facebookなどは早い段階からアゾフ連隊が危険な団体であるということは認識していたが長い間支援は続いていたことになる。一方でNewsweekは2015年に過激思想が知られた段階で支援は打ち切られたというように読める書き方になっている。つまりアメリカ側はあまり支援の歴史を表立って語りたがらない傾向にある。
ロシアと比べ経済的に脆弱だったウクライナは軍備を大幅に削減した歴史がある。このため2014年にクリミア半島をロシアに奪われた時「このままではロシア軍に対抗できない」と考えたのだろう。多少は過激な思想を持っていたとしても彼らは使えると考えたのだと思う。また、ウクライナに親ロシア政権ができることを恐れたアメリカも彼らの危険な事情を知りながら頼りになる勢力を頼ったという経緯がある。
バイデン大統領がウクライナに秘密の利権を持っていると信じる人が日本にもいる。トランプ主義の影響を受けた人たちだ。この人たちは国防総省の圧力をバイデンの差し金であるかのように宣伝したがる。またプーチン大統領もこれをウクライナ政府=ネオナチという印象操作に利用する。だがこうした噂が全く火のないところに煙を立てているわけでもないというのも確かなことである。
極右対極右
これを元に六辻彰二さんの文章を読んでゆく。ロシアのウクライナ侵攻前に書かれた文章である。ここまではウクライナ側のアゾフ連隊について書いてきたのだが実はロシア側にもロシア帝国運動という右翼のムーブメントがある。外国人が多く含まれサンクトペテルブルグなどで訓練を受けていた。
アゾフ連隊の方も今や政府に所属しているのだがその内実は政府内の独立勢力でありキエフにも拠点があるという。六辻さんの文章は2018年にアメリカ国防総省がアゾフ連隊に対する援助を再開したと書かれている。これはアルジャジーラの記述と合致する。やはり援助はあったようだ。
ロシアが過激な右翼を使ってウクライナ侵攻をするのに対抗するために欧米も右翼運動を応援しようとしたということになる。危険だとわかっていながら「管理可能な危険物だ」と甘く見ていたのだろう。アメリカ政府は今回もプーチン大統領を追い詰めるのは危険だがまさかウクライナの全面侵攻などには踏み切らないだろうと甘く見ていた可能性が高い。そして、こうした予想が外れると過去について語らなくなったり「プーチンは狂人なのだ」と説明しようとする。
少数者に全体を代表させることなどできないのだが……
プーチン大統領の主張はこうした過去の少数の危険な存在をウクライナ政府全体に広げようとしている。つまり例外に全体を代表させようとしているわけで物語としての説得力は薄い。さらに核戦争の脅威が現実なった今となってはプーチンをどうにかして止めることがまずは先決だろう。さらに付け加えるならば主権国家の無辜な市民が軍隊の標的にされるなどあってはならないことだ。
六辻さんが「危険な賭け」と書いている通りプーチン大統領にウクライナ政府=ネオナチ説として利用されるようになり、日本人の中にもこれを鵜呑みにする人が出てきた。
泥沼化する中でアゾフ連隊が活躍を続けると「ウクライナ政府が人道犯罪を支援した」ということになってしまう。現在の民主主義の守護者から一転して人道犯罪組織になってしまう可能性があるのだ。
とはいえ、現在のように混乱している状態でアゾフ連隊だけを選択的に止めることなどできない。多少の混乱は仕方ないとして放置してきたことがリスクに転じつつあるわけだ。今後人道裁判が行われるようになると自体解明はかなり混迷するだろう。仕分けにはかなり長い時間がかかるはずだが、そもそも裁判を始めるためには戦争を止めなければならない。ユーゴスラビアの場合は10年かかった。ウクライナはこの先どれくらいの時間がかかるのか、まだ誰にもわからない。
戦闘状態が継続中の今我々がやらなければならないことはまずはこの異常事態を止めることであって陰謀論を振りかざして被害を受けている人々を断罪することではないはずだ。