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ホロドモールとポグロム – ウクライナをめぐる差別の歴史

プーチンが引き起こしたウクライナ危機を見ているとウクライナを応援したくなるのが歴史を知ると「そんな単純な話でもないな」と思えてくる。重層的な差別の歴史があるからだ。

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おそらくこの文章を読むと何が何だかわからないという感覚になると思う。それが正しい感覚なのでまずは「わからなくなって」いただきたい。構造としては三段構えになっている。

  • スラブ人の間の差別構造
  • キリスト教徒と非キリスト教徒の間の差別構造
  • グローバル社会でのヨーロッパ人と非ヨーロッパ人という差別構造

ウクライナ人の恨みを買ったホロモドール

今回のウクライナ危機ではロシアの支配に対してウクライナ人がなぜか強く抵抗していることがわかる。ウクライナにはウクライナ人・ロシア語を話すウクライナ人・ロシアから来た人たちが暮らしている。にも関わらず「ウクライナ」としての結束が強いことも確かだ。歴史的な背景がある。

スターリンは西側世界に対して共産主義はうまくいっていると見せたかった。だがやはり食糧事情は逼迫していた。そこで彼らはウクライナから食糧を奪いとりロシア国内の危機を隠蔽する作戦に出た。これをホロドモールという。飢餓ジェノサイトという意味でもちろんウクライナ側の見立てである。ロシア側はこれを五カ年計画の一部だとみなす傾向が強い。収奪した側はなかなか差別だと認めたがらないのである。

ホロドモールはアイルランドのジャガイモ飢饉に似ている。イギリスの植民地だったアイルランドでも食糧危機があり大勢の餓死者が出た。イギリスはこれを隠蔽することはなく多くのアイルランド人が故郷を捨ててアメリカに逃げた。

一方でソ連は共産主義を宣伝する必要からこれを隠蔽して西側には伝えなかった。このためいまでも死者数の全容はわかっていない。ソ連時代はこれについて分析することもできず、2006年にウクライナが独立してから「あれはスターリンによる意図的なウクライナ人抹殺計画だった」という歴史観が確立された。

ウクライナを脱出した人たちが残った人を差別するようになった歴史

ロシアとウクライナは兄弟民族だと言われる。だがその歴史は複雑だ。もともと故地から拡大したとういう意味で「大ロシア(大ルーシ)」という言い方がされていたがのちに後進的で遅れた民族だという意味の「小ロシア(小ルーシ)」という言葉が差別用語として定着したという歴史がある。プーチン大統領のいう大ロシアがベラルーシと小ロシアを束ねるという言い方はこの伝統的な差別感情を引き起こすだけでなくソ連時代には総括ができなかった飢餓の記憶まで呼び起こしてしまう。なおウクライナは「辺境」という意味である。

オスマン帝国の解体によって作られた複雑な「民族」という概念

この辺りを歴史的に紐解いている人がいる。もともとウクライナはルーシの故地だったのだが、異民族支配を受けたルーシの人々は北方などに移動する。この時に辺境に取り残された人々がウクライナ人という民族意識を獲得するのだこれが却って差別感情につながることになるという屈折した歴史がある。

元々のきっかけはオスマン帝国からのスラブ諸民族の独立運動だった。オスマン帝国に対抗するためにアメリカのウイルソン大統領が提唱した「民族自決原則」に刺激されて民族意識を獲得したのが発端と考えられる。この時にヘーチマン国家という地域の農民決起の歴史がなどが加えられ徐々にウクライナ民族という概念が形作られるようになった。

もともとは「民族自決」というアメリカが作った人工的な言説によって新しく作られたウクライナ民族という概念だったが、一度アイデンティティが作られると差別的な待遇が民族問題に発展する。

これを踏まえると橋下徹氏がいっていた「戦争のために犠牲になるのはバカバカしい」という言説が歴史を踏まえたものではないということがわかる。これは他者から徹底的に蹂躙された経験がない日本人ならではの感想だが、これを長年劣等民族だと蔑まれたり飢餓にさらされたことがあるウクライナに当てはめることはできない。

ユダヤ人虐殺のポグロム

ロシア圏内には大勢のユダヤ人がいる。ウクライナからジョージアにかけての広い地域にはハザールというトゥルク系の王朝があり支配者層にはユダヤ人が多かった。この時代の住民はイスラム教徒だったそうだ。

この領土が新しくロシアに組み込まれやがてソ連化するとやがてユダヤ人は差別の対象になる。前のセクションでは「ルーシ(ロシアの故地)」と書いたのに、このセクションでは「ロシアが新しく獲得した領地」と書いている。おそらくこのあたりでかなり混乱するのではないだろうか。ロシアはキリスト教を受容し東ローマ帝国の後継として帝国の地位を確保してゆく。その後、現在のウクライナ地域を含む広大な非キリスト教圏を再び抱合したという複雑な歴史があるのだ。

この時代にロシア帝国領内に残ったユダヤ人が虐殺されたのがポグロムである。社会的混乱をユダヤ人にぶつけるために大虐殺が行われシオニズム運動の一つのきっかけになった。

このポグロムでユダヤ人を攻撃したのはキリスト教徒である。つまりウクライナ系の人たちもおそらくはユダヤ人を攻撃する側に参加している。さらに複雑なことにその時には彼らは単なる辺境のルーシでありウクライナ人という民族意識を完全に獲得していたわけではなかった。。

今回ロシアがキエフのテレビ塔を攻撃したが、バビ・ヤールのホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)追悼施設が破壊されたとして現地のユダヤ人が避難する騒ぎになっている。1941年ということのでソ連時代になってもまだユダヤ人迫害は続いていたことになる。

つまりウクライナには「ロシア人とウクライナ人」の関係の他に「キリスト教徒と非キリスト教徒」という全く異なる関係があることがわかる。これはスラブ人の古くからの故地であり新しく獲得された領土であるという複雑な歴史経緯によるものである。

ウクライナ危機が始まってからまだ10日経っていないのだがこの短い時間の中でこうした歴史的評価を下したうえで全ての真実を明らかにすることなどとてもできないことがわかる。どこを切り取るかによって自分に都合がいい歴史観をでっち上げるのはとても簡単なのである。

ウクライナに集まる白人至上主義者とアフリカ系差別

さて、ここに行き着く前に脱落した人が多いのではないかと思う。だが現代のウクライナ社会の状況はさらに複雑化している。

ゼレンスキー大統領は国を守るために義勇軍を募集している。ここに白人至上主義者たちが紛れ込んでいると指摘する人がいる。六辻彰二さんのこの文章によると「アゾフ連隊・アゾフ民兵」などと表現されている。彼らには捕虜への虐殺の疑いがあるそうだ。つまり混乱に乗じて「ひと暴れしたい人たち」が紛れ込んでいるのだ。

これまではキリスト教徒・非キリスト教徒とかロシア人と辺境ロシア人という対立構造だったわけだが、グローバル化が進展すると、ヨーロッパ系・非ヨーロッパ系(黒人、中東人、インド人)という対立が加わる。

プーチン大統領箱の差別構造を利用した宣伝戦を繰り広げている。ウクライナ政府=ナチという言動である。部分を全体に拡大する無謀な試みではあるのだが、全く火のないところに煙を立てているわけでもない。

東側の分離勢力と対抗するためゼレンスキー大統領はこうした無頼派の人たちを取り締まれなかったようだ。現在は西側から民主主義の救世主として持ち上げられているのだが実際には汚職の根絶などもできていなかった。

現在西側各国はロシアとは正面衝突したくない。そこで自発的に立ち上がったゼレンスキー大統領を応援している。だがゼレンスキー大統領がウクライナ全体を掌握できていないことも確かだ。

ロシア側はウクライナが留学生を盾にしていると主張している。これがあながち間違いとも言い切れないのは、実はウクライナの混乱に乗じて白人至上主義者が紛れ込んでいるというのが事実だからだ。Quoraのこの記事では「当事者のインド留学生が自分たちが脱出するためにウクライナ政府は協力してくれた」と書き加えている人がいる。ロシア側が白人至上主義者をウクライナ政府全体に拡大しようとする一方で西側の肩を持つ人たちはそんな事実はないと火消しに走る。

おそらく非ヨーロッパ人に対する差別はある。出国を望むアフリカ系の留学生がなかなか鉄道に乗せてもらえなかったとAUが非難声明を出している。混乱する中で優先順位をつけているだけなのだろうが、列車に乗せてもらえなかった人にとっては紛れもない差別である。

外国からの支援をつなぎとめたいウクライナの外務大臣は「アフリカ人が差別されないように政府が支援する」といっているわけだが、実際に全ての行政機関がコントロールされているわけではないだろう。つまり政府が「差別しません」といったとしても実際に差別的な行動がなくなるわけではない。

情報が錯綜すると物事を単純化したくなるのだが……

情報が錯綜するようになると構造を単純化してスッキリしたいという気分が生まれる、だが悪のロシア対正義のウクライナという単純な構図は成り立たない。する今度はウクライナの側にも落ち度があったと思いたくなる。どっちもどっちなのだから仕方がないと考えてしまうのだ。しかしそれを許してしまうと民主的に作られた国が独裁者の歪んだ歴史観によって破壊されても構わないと考えることにつながる。

実際には複雑な差別感情があり100%正しい側などあり得ないという事実を受け入れつつ、今何を優先順位にするべきかを考えなければならない。

今回のこのケースではまずプーチン大統領の暴走を止めるためには何をすべきかを考えるべきだろう。ウクライナ人を人質に取り、ロシア人徴兵者を捨て駒に使い、核兵器まで持ち出して世界を脅している。

ただ、ウクライナ側に過度に過度に肩入れしてしまうとあとで「実はウクライナが一方的な被害者でぜレンスキーはヒーローだった」という虚像を作ってしまうことになる。実はウクライナ側にも暗い歴史はある。やはり正義と悪という単純な構造は成立しないのだ。

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