韓国で大統領選挙が迫っている。実は2022年3月9日が投票日なのである。現在は野党候補尹錫悦(ユン・ソギョル)氏が優勢とされているがイ・ジェミョン(李在明)候補との差はわずかだ。つまりどちらが大統領になるのか今の時点ではわからない。
アン・チョルス(安哲秀)氏は一本化を諦めたようである。新政権での良い地位を確保できなかったのだろう。現代史の大転換とも言えるウクライナ侵攻はおそらくこの国の議論にも影響を与えるはずであると考えて読んでみた。いかにも韓国らしい議論になっている。
韓国の安全保障議論はすでに枠組みが決まっている。パククネ(朴槿恵)大統領が弾劾され保守がなくなり「革新」と「反革新」という枠組みが残っている。地域対立もあるようだが選挙年齢が若返りかつてほど明確な違いはなくなっているようだ。
アメリカが作った軍事政権に対抗してきた革新勢力はアメリカのミサイルシステムが中国を刺激し経済連携が難しくなると考えている。また軍事的に北朝鮮を挑発するのも避けたい。故に今回のウクライナ侵攻を「外交の失敗である」とみなす。軍事的な議論をあまりしたくないのである。
一方で反革新勢力はウクライナ侵攻は外交では防げなかったと主張している。このためには軍事力を強く打ち出す必要がある。もちろん自前の核兵器を持つというところまではエスカレートしていないのだが「THAADを増強するべきだ」という独自の主張をしているという。
安全保障議論よりも不動産対策の方がメインになっているという声もあるが、状況が緊迫しているためこれが議論に影響を与えてもおかしくない。ただその議論はかなり韓国独自のものになっている。話に尾ひれがついてどんどん大きくなってゆくのである。話を大きくしているのは反革新のユンソギョル候補の方だ。今回は野党候補である。
2月4日の討論会ではTHAADの配備が問題になったそうだが、結局中国を取るか日米を取るかとう話になっている。与党(革新)はTHAAD配備で中国との関係が冷えたと野党候補を攻撃する。一方野党のユンソギョル候補はムンジェイン(文在寅)大統領が親中国・親北朝鮮の屈辱外交を展開したことで日米との関係が悪化したという立場のようだ。
日本は韓国を反日だと理解することが多いがおそらく韓国人は当然の主張をしているとだけだと考えているのだろう。つまり、一連の発言を「日本に反抗している」などとは思っていないことがわかる。ただ「日本が何故か怒っている」ことはわかっているらしい。いかにも韓国らしい考え方である。
2月22日の討論では以前THAADの積極展開を訴えるユンソギョル候補が「韓半島を危険にさらす」と批判されている。いわゆる巻き込まれ忌避反応である。つまり韓国で再び与党が政権を取れば軍事的緊張は高まらないがおそらく親中国化が進むことが予想される。つまり韓国偉人は中国を軍事侵略する脅威だとは見ていないようだ。
一方で予測不能なのが野党候補である。THAADの積極展開を主張しているのだが野党なのでアメリカとすり合わせたわけではない。勝手に言っているだけだ。そして話がどんどん大きく派手になってゆく。
積極展開論は1月30日にFacebookで最初に表明されたそうだ。この背景にあるのは北朝鮮のミサイル問題だ。この「対策」としてミサイルを想定しているのだろう。だが、これに苦言を呈する人がいる。それがヴィンセント・ブルックス元在韓米軍司令官である。「そんな話はしていない」と困惑気味だ。
ただ、これも伝聞である。与党(革新)系のハンギョレ新聞なので野党候補の言っていることはでたらめであるという説明に使われている。
ヴィンセント・ブルックス氏の話はこうして間接引用され続けている。つまり両陣営が持論を展開するために利用しているのだ。結局「言った言わない」という話になってしまっているのだがおそらく元の発言から抜け落ちていることはあるだろう。
日本人は実際に公式に確認されるまで納得しない傾向がある。一方、韓国人は微妙に組み立てられた話でもお構い無しに引用する。尾ひれがたくさんついて派手な方に展開してゆく。そしてそれを有権者が印象で判断し来月にはもう大統領が決まってしまうのである。
このように間接引用と憶測に基づいた話が飛び交っており冷静な判断は見込めそうにない。
ここまできてやっと最新の討論の話になる。元のNHKの記事を編集して切ったので原文はぜひNHKを確認していただきたい。
- 革新系の与党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)候補は「ウクライナの状況は深刻だ。重要なのは戦わずに済む平和だ」と述べました。そのうえで、朝鮮半島の緊張を高めることなく安全に管理していくべきだとして、ムン・ジェイン(文在寅)政権が提案してきた朝鮮戦争の終戦宣言の重要性を訴えました。
- 最大野党「国民の力」のユン・ソギョル(尹錫悦)候補は、ロシアとウクライナの停戦合意は結局守られなかったと反論しました。そして「確固とした抑止力と先制攻撃能力の確保によって、戦争を防ぐことができる」と述べ、アメリカとの同盟に基づく強い抑止力がなければ平和は維持できないと強調。
とりあえずこの時点では先制攻撃にまで踏み込む野党(当然ながら韓国には日本の憲法第9条に当たるものはない)となんとか終戦宣言をヘリテージにしたい与党側が自分たちの論のためにウクライナ情勢を利用しようとしているという不思議な構図がわかる。
おそらく今回のウクライナの件で朝鮮半島の「停戦合意」議論は当分結実しないだろう。アメリカがそれどころではないからだ。さらに「停戦」はアメリカが退潮したという現状を追認するものにしかならない。つまり停戦合意が韓国に有利な形で進むことはないだろう。だが現在の与党がそれを認めることもなさそうである。
休戦中ですぐ隣に核兵器を持った国であり、自分たちを保護してくれているアメリカの実力が退潮しているのは火を見るより明らかだ。だが、なぜかそんなことに気をかけている人は誰もいないようだ。それくらい普段から戦争と隣り合わせになっており異常事態が通常として張り付いてしまった国という気がする。
日本での韓国議論は単に韓国を「反日」と決めつけて揶揄するだけの不毛な議論になっている。だが実際に状況を見ていると「とにかく結論を急ぎ火のないところに煙を立ててでも自分たちの論を盛り上げたい」というお祭り志向の人たちであるということがよくわかる。隣に極めて危険な国があってもケンチャナヨなのだ。
政治議論がおかしな展開をしないはずはないわけで「気がついたらとんでもない話になっていた」ということになりかねない。テレビでは「スキャンダル合戦が繰り広げられる変な選挙」というふざけた報道しか見たことがないが日本人はもっと現実的に韓国の大統領選挙を報道した方がいいと思う。