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ブダベスト覚書 – 結局自前の核兵器を持たなければ日本を守れないのではないか?という議論

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今回のウクライナ情勢の変化は国際社会に強い動揺を与えている。理由の一つは安全保障理事会制度の完全な崩壊だが、今後ブダペスト覚書が強い関心を呼びそうだ。ミンスク合意に続いてブダペスト覚書など初めて聞いたという人も多いことだろう。実際に「こんな話があったんだな」と思った。つまりそんな合意があったことなど知らなかった。

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そもそもこれを最初に目にしたのはWOW Koreaの記事だった。朝鮮民主主義人民共和国が核兵器を持ち韓国に「自分たちも核兵器を持った方がいいのではないか」と思い始めている人がいるのだろう。つまりこのウクライナ情勢は韓国の安全保障議論に一定の影響を与えるだろう。韓国は原爆を落とされた経験がなく従って日本よりも核兵器に対する心理的抵抗が弱い。また日本よりも中国に近くアメリカと中国の間で揺れる可能性はかなり残っている。

もう一つ核保有国とされるインドも積極的にロシアを非難してはいない。インドは今回の事態を静観する構えでロシアを非難する西側陣営には乗らない見込みだ。おそらくこれはQUADにも一定の悪影響を与えるだろう。すでに核を持っているインドが「ウクライナを認めるから自国の核兵器を容認しろ」といえばプーチン大統領がそれに応じる可能性はある。

つまり、今回のウクライナの事例は日本の周辺で「結局は核兵器なのではないか」と思う国を増やす可能性があるということになるだろう。

そもそもウクライナはソ連の一部として世界第3位の核兵器保有国だったそうだ。だが核の拡散を恐れた保有国は「ウクライナの国体」を保証するからという理由で核兵器廃絶を迫った。これがブダペスト覚書である。ロシアから独立した一つの主権国家として認めるから核兵器は放棄しろといっている。ウクライナとしては覚書を取ったところまでは賢かったが各国はこれに条約レベルの承認を与えなかった。このためこの合意は口約束以上条約未満という中途半端な地位にとどまっており「覚書」といわれる。

最初にこの約束を破ったのはロシアだった。親露派の大統領を追われたことを恨んだプーチン大統領がアメリカに扇動された革命勢力が勝手に作った政権は革命勢力であり「ウクライナではない」という理由でクリミアに侵攻した。

だが、今回ウクライナが侵攻されてもアメリカやイギリスが実効的な安全保障を提供するようなことはなかった。つまりロシアは積極的に覚書を破棄しアメリカとイギリスは消極的に覚書の約束を実行しなかった。

確かにブダペスト覚書を読んでも「主権を尊重する」とは書いてあるが安全保障のために軍事力を提供するとは書いていない。こうなると独立を保証するのは自己責任であり自己責任のためには核兵器保有もやむなしということになる。全ては結果論だからだ。

おそらく今回の一件で反リベラル(つまり保守)の人たちは戦勝気分なのだと思う。「憲法第九条では戦争は防げない」「リベラルの人たちが言っていた理想は夢物語だ」という言葉がそこかしこで聞こえる。確かにそれはその通りなのかもしれない。

だが、日米安保派の人たちは一つ重要なことを忘れている。日本は確かにアメリカの核の傘に守られていることになっている。だがそれはアメリカの国益に沿っている限りにおいての話である。おそらくは議会承認が必要になるため国益に沿わないとなれば日本は見捨てられることになる。

ではアメリカが独自に日本の軍事作戦を認めてくれるのかという話になるわけだがそれはあり得ない。日本はアメリカの軍事的権益だからだ。可能性としては日本がアメリカの脅威になるということも考えられるわけで、そんなアメリカが日本に独自の軍事行動オプションを容認するとは思えない。

確かに日米安保はブダペスト合意とは格が違う。相互協定なので日本が攻め込まれればアメリカは日本を守ってくれることになっている。だがそれはアメリカの胸先三寸でありその軍事行動は時のアメリカの内政に制約されることになる。

アメリカ合衆国はウクライナに軍事支援はしてきたが実際のコミットメントは避けてきた。日米同盟はそれよりは確かな協定だが実際には履行されたことが一度もない。そんな中日本はアジア各国で高まる核武装議論に対峙することになる。

現在の状況などを見ているとバイデン大統領は思い切った行動に出られない。共和党に一定の人気があり民主党の中も掌握できていないからである。トランプ前大統領はバイデン大統領の弱腰ぶりを非難し続けており次は台湾有事だと叫んでいる人もいる。つまりアメリカの凋落を認めようとはせず単に内政上の政局として扱っているのである。

日本の安全保障議論の前提がこの数日で大きく覆ってしまったことになるのだが、おそらく日本人は頑なにそれを認めようとはしないだろう。大きな傘に守られているつもりだったが実は丸裸だったということを認めるに等しいからだ。別の言い方をすればこれまでうっすらと皆が感じていたことが顕在化したわけだがそれを認める人は多くないだろう。

実は状況はもう変わってしまっているのだ。

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