ざっくり解説 時々深掘り

芳野友子連合会長の岸田政権接近は吉と出るか凶と出るか

左派系・リベラル系野党がおかしい。2012年に安倍政権ができてからリベラル勢力は失敗したということになり改革への嫌悪感が一気に広がった。これが収まる気配はなくついに連合なでもが「支持政党を明確にしなかった」というのがニュースになった。日経新聞はニュートラルに書いているが朝日新聞は自民シフト?と警戒感をにじませる。一方で国民民主党も都民ファーストとの連合をほのめかしつつも明確な方向性を打ち出せていない。

背景にはおそらく可視化されつつあるネット世論を掴みたいという気持ちがあるのだと思う。

ではそのネット世論はどの程度あてになるのかということを調べて見たい。イタリアとイギリスの状況を見る。この二つの国にはEUを出た国と思いとどまった国という違いがありそれにより情勢が異なっている。

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結論から言うとイタリアのネット世論は収まった。一方でイギリスはひどくなる一方である。ではなぜそのような違いが出るのか?ということになるのだがどうやら「支援金」の有無によるようだ。つまり目の前にお金がぶら下がるとネットは大人しくなる。

イタリアの五つ星運動

第一の例はイタリアの五つ星運動だ。2009年のリーマンショックで経済が混乱すると下層市民の声をすくい取る受け皿として五つ星運動が台頭した。日本では「所詮ポピュリズム政党だ」という声がある一方で「ネットから登場した新しい形の政党である」などと期待する人たちもいた。政策電子投票というアイディアを真似しようとしていた政党があったように記憶しているが実際に五つ星運動がやっているそうだ。

下層市民が既存政党を離反したところまではよかったのだがそれが新しい救済政策に結びつくことはなかった。その主張は市民の声を単に直接政治に反映させるだけのものでありしたがって外から見るとよくわからない。つまり市民の声を政策化するシンクタンク機能がないのである。これは官僚に頼れない日本の左派政党に似ている。市民の要望を汲み取るのは悪いことではない。だが市民の要望だけでは政策は組み立てられない。時計を作るためには時計職人が必要なのである。

イタリアは伝統的に他人からとやかく言われることを嫌う個人主義の伝統があるようである。このため庶民の声はいったん反EUに向かう。2018年の選挙では五つ星運動が躍進した。反移民・反EUの政党は「極右」と呼ばれ、ネットによる市民運動から出てきた五つ星運動は「左派ポピュリズム」だと分類されている。どちらもエスタブリッシュメントに反感を持っている。

ネット市民からの支持を受けた五つ星運動は同盟(反移民・反EU政党なので極右と表現される)と連立を組んだのだが、政権運営はうまくいかなかった。最終的に手を組んだのはドラギ氏だった。金融に明るい政策通だ。

背景にあるのはEUからコロナ後の復興資金を引き出したいという思惑だろう。復興計画を立てるためにはEU官僚が納得できる計画を示さなければならない。口は出して欲しくないが金はあてにしているという状態だ。緻密な計画を立てるためには経済がわかっている人が首班でなければならない。時計職人はドラギ氏しかいないという状態だったわけだ。

ドラギ氏が大統領になると次の時計職人がみつけられないので再び情勢が混乱するのではなどとも言われたが現職の大統領が続投することで何とか丸く収まった。

だがこれはおそらくその場限りの安定であろう。EUもコロナ復興資金が反EU感情をなだめているということはわかっていると思う。つまり金の切れ目が縁の切れ目になりかねない状態は今だに続いている。

このようにネット世論は目先の損得感情で単純な解決策を志向する傾向にある。

イギリスの保守党

それではこのような補助金があてにならない場合政治はどうなるのか。それがわかるのがイギリスである。もともと虚言癖があるとされているジョンソン首相はブレグジット後の道筋を示すことができていない。さらにパーティーがやめられず国民だけでなく保守党議員からも呆れられている。

イギリスがかろうじて動いているのは伝統的な議会政治が生きているからである。つまりイギリスは先祖から受け継いだ時計をそのまま使っている。

対抗勢力となるべき労働党も過去の失敗から期待されておらず新しい政党も今だに全国的な市民権は得ていないという状態だ。保守党は最近200年近く守っていた議席を失ったばかりだ。奪ったのは自由民主党という政党だ。確かに一定の存在感を示すまでにはなったがまだまだ先がわからない。

そんな中、ジョンソン首相はネット世論を利用して労働党の党首を陥れるという戦術に出た。民主主義基盤が磐石であるからこそ使える戦術だ。スターマー氏が検察庁長官時代に「サヴィル氏を起訴しなかった」というネットの噂についてスターマー氏に責任があるかのようにほのめかしたのである。これが元でネット世論は沸騰しスターマー氏に激しい非難の矛先が向かう。

BBCの名司会者だったジミー・サヴィル氏は少年少女虐待という裏の顔でも知られていたそうである。おぞましい虐待はうっすらとは知られていたようだが生前に罪に問われることはなかった。労働党は社会主義政党なのでネット右派が社会主義政党を攻撃する目的でこのサヴィル氏とスターマー党首を結びつけた。

ネットは常に権力者に敵意を持っていて「誰でもいいからそれをぶつけたい」と思っている。さらに政権を失うかもしれないという危機の最中にあるジョンソン首相もそれを利用したい。最終的に世論が沸騰しスターマー氏にありもしない「疑惑」がでっちあげられた。

あとは泥仕合が続いている。

この「お友達であるがゆえに起訴されなかった」という類の話は日本のネットでもよく見られる。日本と違っているのがそのターゲットが現在の野党党首だという点だけである。

イギリスは伝統的な時計の下で泥仕合が続いていていつ収まるのかはよくわからない。もしイギリスが何らかの補助金のためにまとまる必要があれば騒ぎは収まるのだろうがイギリスはEUから離脱してしまっている。

こうなると民主主義はロシアや労働党といった敵を作り出して騒ぎ続けるしかない。騒ぎが治れば批判はジョンソン首相に向かうだろう。

このようにネット世論は解決策を作ることはできない。つまり誰かが解決策を提示して投げてやらない限りいつまでも騒ぎ続けることになる。自分が攻撃されないためには誰か他の人を攻撃し続けねばならないわけだ。

明確な支持層を見出せない日本の政党と支持母体

立憲民主党も国民民主党も労働組合などから支援を受けた候補者を抱えている。その労働組合をまとめることになっているのが連合である。だが連合は一枚岩になれない。そもそも会長戦でもまとまらず芳野友子会長が就任したという経験がある。朝日新聞などは芳野会長の戦略を自民シフトと警戒している。

野党勢力は「どのような政策を打ち出せばネットは支持してくれるのだろうか」と暗中模索状態のようだがイギリスとイタリアのエピソードからネットはそのようなことは考えないということがわかる。落とし所がなければいつまでも騒ぎ続けるのだ。

つまり連合も国民民主党も「ネット市民」という政策を出してくれるはずもない人たちに向かって球を投げ続けている。ネット市民は攻撃はするが建設的なアイディアを出すことはない。さらに建設的なアイディアを支持することもない。

形はないが姿は見えるという化け物のようなものである。

連合の自民党への接近が危険な理由

芳野会長はNHKの日曜討論で自民党や経済団体に近づき「労働者が交渉できるのは連合がいるからである」と発言した。だが経済団体はステークホルダーなどの英語を無駄に交えながら「賃金を上げなければならないのは確かだがそれぞれの会社が最終判断をするだろう」とどこか他人事だ。政府の山際大臣も「みんなで雰囲気を作ってゆくことが大切」と言っている。つまり誰も指導力を発揮するつもりはなさそうである。

では一般庶民はどうしているか。会社では給料が上がらないという理由で転職すら諦めている。起業・副業・株式投資などといったノウハウがYouTubeに溢れ、ついには「サラリーマンは小さな会社を買うべきだ」と訴える人まで出てきた。そもそも企業にも労働組合も信頼していない。

後から株式市場に入ってきた人たちは2021年ごろから収益が上がりにくくなっているのではないかと思う。コロナの政府援助が一段落し各国が市場に注入したものを引き上げ始めている。特にアメリカでは政府援助が経済を過熱させたという反省があり徐々に縮小に向かっている。

遅れて株式市場に入った人たちはここでも財産をすり減らす犠牲者になる。だが経済がよくわからない。だから、本来はこれまで儲けた人たちを非難すべきだがこれを岸田ショックと言っている。そのうち単純なネットは「岸田総理を追い出せば株式市場が値上がりするだろう」などと信じるようになるだろう。

岸田総理は賃上げによって有権者に金を配るかあるいは別の直接支払いによって有権者をつなぎとめるしかなくなっている。つまり、日本ではEUの役割を日本政府が果たしていることになる。

こう考えてくると岸田総理のタマが尽きた時にネットがどんな反応をするのかは事前に予測できる。おそらく反エスタブリッシュメントのポピュリズム政党が出てくるはずである。選挙のためにお小遣いを渡して議員をつなぎとめている自民党の京都府連のようなところも連合も「岸田陣営側」にいるわけだから翼賛体制の一部だと見なされるだろう。

支援が切れとネット市民が悟った時「旧来型の野党」は翼賛体制の一部として押し流されることになってしまうことになるだろう。おそらくこれが55年体制の完全な崩壊だ。

これが起こるか起こらないかは既存政党や企業がどれだけネット市民に分配できるかに依存する。日曜討論を見る限りかなり情勢は厳しそうだ。ネット市民は都市に多く地方では政治関与が少ない。このまま何の分配もなければおそらく都市ほど強い離反が起こるのではないかと思う。

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