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ウクライナ情勢で落とし所を探る仏露と煽り立てる英米

米露の電話による首脳会談が行われた。ただバイデン大統領は依然状況を煽り立てているだけで和平につながる提案はしなかったようだ。一方でアメリカは「いざ戦争が始まったら自国民の救済はできない」と警告もしている。状況から逃げられるのがアメリカなのである。一方エネルギー問題で深刻な打撃が予想されるフランスはロシアと交渉を始めた。ロシア側もフランスなどとの対話を継続する姿勢を崩していない。

そんな中で異彩を放っている人物がいる。それがイギリスのトラス外相である。ジョンソン政権に鳴り物入りで登場した女性大臣である。このトラス外相が緊迫するウクライナ情勢を打開するためにモスクワに乗り込ん。2月10日にラブロフ外務大臣と会談したがその席で「ひっかけテスト」を出された挙句に何の成果も出せず帰国することになった。

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背景情報を見てゆこう。

イギリスの政治は混乱を極めている。ブレグジットの余波で経済が混乱しこれにコロナ禍が追い打ちをかけた。ジョンソン首相はその中でもパーティーがやめられず「パーティーゲート」が進行中だ。保守党の中からも離反者が出ていて首相不信任を求める手紙が保守党に届き始めているそうだ。イギリスはTwitterで呟くのではなく「書簡」を送って首相退任を求めるのだ。

そんななか「切り札」として登場したのがリズ・トラス外務大臣だ。前任のラーブ外務大臣はアフガニスタン撤退の不首尾を責められて降格した。批判の理由はアフガニスタンが大変な時に休暇を楽しんでいたからということのようだ。だが、降格はしたものの離反を恐れたのか副首相という地位は維持された。どこか政治は他人事といった気の緩みが感じられる。

そんななか人気を盛り返すために内閣改造が行われる。この時に起用された目玉閣僚の一人がリズ・トラス外務大臣である。チャーミングな見た目から「次世代の注目女性リーダー」として日本の女性週刊誌にも取り上げられている。

BBCは「外相であり、女性・平等担当相であり、そして今回、北アイルランド議定書についてのEUとの首席交渉官に選ばれた」と説明している。表に出るところに人気が出そうな人を置いたのだろう。仕事は山積みだが成果は上がっていない。ついにはウクライナ情勢にまで手を出したのだが成果が出なかった。

準備期間が足りなかったのだ。

国民的な人気が高い女性が実力も高ければ問題はないだろう。だがリズ・トラス外相はそうではなかったようだ。日本でも女性ほど「勇ましい男性らしさ」を強調して失敗することはよくあるのだが、リズ・トラス外務大臣も確固とした対応を取りロシアに嫌われた。

長期的な関係構築を重要視するロシア人は表面的な対応を最も嫌う。

おそらくトラス外相に不信感を持っていたラブロフ外相が持ち出したのがロストフとヴォロネジという二つの地域である。ロシアには二つのロストフがあるのだがこの場合のロストフはおそらく「ロストフ・ナ・ドヌ」ではないかと思われる。ドン川沿いにある要衝だそうだ。BBCではウォロネズと表現された地域はWikipediaなどではヴォロネジと表現されている。こちらもドン川沿いにあるそうだ。どちらもロシア領内だがウクライナ寄りにある。

ラブロフ外相が言いたかったのはロシア軍はロシア領内にいるのだから問題はないだろうということだった。だが情勢に疎いトラス外相は「とにかく何にでも反対」という強気の姿勢を示したかった。だから「ロシア領内にロシア軍が展開するのも反対だ」と表明してしまった。

さらに後味の悪いことにそれをやんわりと訂正したのはイギリス側の外交官たちだった。彼らは当然状況を知っている。だが結果的にこれは「トラス外相は単に乗り込んできたお客さんでロシアとの関係構築をするつもりなどなかった」という事実を浮かび上がらせただけだった。

ロシアがヨーロッパと話し合っているのは安全保障の問題だ。国の存亡を賭けた真剣勝負と言って良い。そこにゲストがやってきて短期的な成果を上げようとしている。ロシアでなくても気分の良いものではない。イギリスやアメリカがやっているのはそういうことだ。

特に、ロシア人は長期的関係性の構築を非常に重要視する。そして長期的関係性構築に興味がない人たちにはとても冷たい。仮にロシアの外務大臣が「この人は問題解決の意思がある」と期待していればこのようなひっかけ問題は出さずに共通の興味について話をしていたはずだ。おそらくラブロフ外相は最初から交渉するつもりなどなかったのだろう。

アングロサクソン圏のアメリカとイギリスはどちらも内政に非常に大きな問題を抱えている。さらに大陸国家と違い大陸で大きな武力衝突が起きても「ロシア情勢は対岸の火事」と言っていられる。おそらくフランスとドイツほど実務的な解決を目指すつもりになれないのは地理的要因が大きいのだろう。

アメリカも「明日戦争が起きるかもしれない」とウクライナ情勢を煽り続けており、ついにウクライナ外相から「アメリカは何も新しいことを言っているわけではないが立場はわかりますよ」と突き放されてしまった。ついに「逃げたいなら勝手にしてください」と呆れられてしまったことになる。だがバイデン大統領は「戦争が起こったらアメリカ人は助けられなくなるから早く逃げろ」と言い続けている。

日本人はおそらくウクライナ情勢には無関心だが中国との対立を抱えている。だから、できれば情勢を煽って自由主義陣営を結束させたいと考える人が多いだろう。日米で外務大臣が会談し「重大な懸念」を表明しあったそうである。だがおそらく台湾と中国の両岸情勢が緊迫すれば今度はウクライナやフランスと同じような立場に立たされるだろう。アメリカにとって両岸関係もまたしょせんは他人事なのだ。

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