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北朝鮮の核ミサイル開発を支える仮想通貨窃盗と中華人民共和国

北朝鮮が今年に入ってミサイル開発を加速させている。このニュースを聞いて「そもそも北朝鮮はどうやって開発資金を工面しているのだろうか?」と考える人は多いだろう。中には中国が北朝鮮に資金提供しているのではないかと思う人もいるかもしれない。

実は北朝鮮は自力で資金調達をしてる。中国も関与しているようだが我々が考えるよりは限定的な役割しか果たしていない。共同通信が「北朝鮮、仮想通貨50億円超盗む」という記事を書いている。北朝鮮は犯罪行為で集めた金で資金調達しているというのである。中国の話も出てくるがその役割はせいぜい限定的なものだ。

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盗んだ金で武器を作る北朝鮮とそれを黙認する国

共同通信の記事はロイターの記事を紹介しているだけなのでロイターの英文元記事(EXCLUSIVE North Korea grows nuclear, missiles programs, profits from cyberattacks -U.N. report)を読んだ。おそらくすぐに和文翻訳されるだろう。

  • 元になったレポートは機密レポートである。
  • 北朝鮮は核開発を進めており同時にミサイル実験も行っている。
  • サイバー攻撃手法も洗練されてきており重要な資金源になっている。
  • ある加盟国の報告によると、2020年から2021年にかけて北米、ヨーロッパ、アジアの暗号取引所から5000万ドル以上が盗まれた。それ以外への攻撃も確認されている。
  • 国連は北朝鮮に経済制裁を課して来た。このため貿易は比較的低水準だ。
  • 人道状況は悪化しているが北朝鮮から情報が入ってこないので内情はわからない。

これだけでは状況がよくわからないので別の情報を探して見た。

見つけたのは2022年1月6日のWIREDの記事「北朝鮮のハッカー集団は、2021年だけで総額450億円相当もの仮想通貨を盗んでいた」だ。この記事によると北朝鮮が盗んだ仮想通貨は451億円である。およそ3.95億ドルなので今回の国連の調査にある5,000万ドルよりも被害額が大きい。ビットコインやイーサリアムが値上がりしたので北朝鮮も大いに儲けることができたのではないかと書いている。イーサリアムは新興通貨なのでそれを扱う企業のセキュリティも脆弱なのではないかという。

WIREDはロイターが扱っていない重要な指摘をしている。これまで北朝鮮は資金洗浄のためマニラのカジノでギャンブルに使わせるなどしてマネーロンダリングをして来た。だが、仮想通貨はマネーロンダリングが容易だ。主にコンプライアンスが緩いアジアの取引所で中国の人民元に換金しているという。

中国がどの程度北朝鮮のミサイル開発に協力しているのかはわからない。だが中国にとって北朝鮮のミサイル開発にはメリットが大きい。敵対するアメリカや日本に対しての脅威になるからである。ロシアも北朝鮮がアメリカの気を引いてくれた方が独自の軍事行動がやりやすい。

専制主義の国でこうした資金洗浄を中止させることはそれほど難しくないはずだからあるいは中国はこの動きを黙認しているのかもしれない。だが、それでも「北朝鮮が自主的に活動し中国は黙認している」というだけの話なので中国を咎めることはできない。

さらに北朝鮮が犯罪行為に手を染めていたとしても主権国家格がある以上北朝鮮を国際社会から締め出すことはできない。国家格を持っていないISのように「テロ組織」としては扱えないのである。

仮想通貨窃盗は今に始まった事ではない。まず2021年4月の記事は「北朝鮮、仮想通貨350億円盗む 国連専門家パネルが報告書公表」とある。さらに遡ると日経新聞も2月に「北朝鮮、仮想通貨3億ドル奪う 防衛企業にサイバー攻撃」という記事を書いている。

この二つの記事は同じパネルのレポートについて書いている。パネルは継続的にレポートしているのだが一向に収まる気配がないことがわかる。こちらも「北朝鮮は盗んだ仮想通貨を中国の店頭取引(OTC)トレーダーを通じて交換していた。」と書かれている。やはり中国が窓口になっているようだ。ただ、仮想通貨取引は実態がつかみにくく中国政府の関与を証明することはできないだろう。

記事の解説を鈴木一人氏が「北朝鮮制裁パネルの調査は広範で包括的なものであるが、この報告書がさらなる制裁や国際的圧力につながらなければ、パネルが必死になって集め、せっかく作り上げた報告書も無駄になってしまう。」と書いている。

国際社会が一枚岩にならないこと – 言い換えれば中国やロシアなどの専制国家陣営が黙認していることで北朝鮮の核開発が野放しにされていることがわかる。これだけ証拠が上がっても今の国連は北朝鮮を除名できない。中国やロシアという後ろ盾があるからである。

欧米の金融システム支配は崩れつつある

このような犯罪の温床になる暗号資産など潰してしまえばいいではないかと思いたくなる。実際に欧米は規制や監視を強めることでこの問題に対処しようとしているようだ。

だがそれも実はうまく言っていない。エルサルバドルでは2021年9月にビットコインが法定通貨になった。主導したのは実業家上がりで「独裁者」を自認するプケレ大統領だ。政府は裏打ちの資産があると宣伝しているそうだが実態はよくわからない。プケレ大統領は国民に30ドル相当のビットコインをばら撒いて国中にビットコインを広めようとしている。

この動きにIMFが待ったをかけた。表向きの理由は「ビットコインは危ないから法定通貨から外せ」というものだ。だがこの「待った」にはあまり効果がなさそうだ。エルサルバドルはビットコインと連動した国債も発行するという。さらにトンガにも法定通貨化を唱える政治家がいるそうだ。

北京オリンピックは中国がデジタル人民元を国際化するきっかけとして利用されている。西側の首脳が不在の中で米共和党上院議員が五輪期間中のデジタル人民元の監視を要請したというニュースがあった。共和党議員の懸念はもっともだがおそらくアメリカ合衆国ができることは限定的であろう。

アメリカは国内では国家の力を超えた多国籍企業から株という形で資産を得る富豪問題を抱えている。そして国外では仮想通貨という新しい通貨システムが形成されつつある。どちらも国家関与が及ばない金融システムだ。金融を血流とするとアメリカ中心のシステムからは出血が続いていて貧血で倒れそうになっていると言って良い。そしてそれに連動している国々も失血死まではいかないにしてもおそらく貧血くらいは起こる。

北朝鮮の例からドル中心の体制が崩れるということはアメリカ中心の治安維持システムが崩れるということを意味しているということがわかる。おそらくIMFが本当に守りたいのはこの世界秩序だろう。

アメリカでは国際電子決済システムSWIFTからロシアを外せばロシアに大きなダメージを与えることができるという議論がある。CNNが「SWIFT」とは何か、ロシアが最も恐れる武器となりうる理由という記事を書いている。つまりアメリカ人は自国が現在の金融の仕組みを通じて世界を支配しているということを知っているわけだ。だが、こうした制裁が役立つのはアメリカやヨーロッパが金融システムを握っているからである。

「制裁でシステムの外に弾いてしまう」ことが却って独自の経済活動を生んでいることがわかる。

エルサルバドルのように失うものがないくらい貧しい国はビットコインに手を出し、北朝鮮も犯罪で稼いだ金でミサイルを開発する。中国はデジタル人民元の夢を見る。これらが全てアメリカ中心の秩序に挑戦状を叩きつけられる。

さらにこれらの国をこっそり応援する国がある。アメリカと敵対する国である。このようにアメリカと欧米中心の経済支配への恨みが「飢えた国家」北朝鮮を動かし我が国に対する核ミサイルという驚異に育ちつつあることがわかる。

中国は欧米中心の世界システムに表立って反対する必要はない。ただ北朝鮮をけしかけ黙認するだけでいいのである。アメリカに連動する我が国の安全保障体制がかなり大きく転換していることがわかる。敵基地攻撃能力を増強したくらいでその状態を改善することはおそらくできないのではないかと思う。

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