今日はフランスの大使がマリから追放されたという話を書く。だが、最後は呪われた中国橋に生贄を捧げる人々の話で終わる。欧米が退潮し中国が伸張していることがわかる話である。マリの場合「欧米」とはフランスである。この一帯一路シフトが世界情勢に与える影響は限定的なのだが、気候変動などが起こればたちまちヨーロッパを大混乱に陥れることだろう。小さな積み重ねがやがて収拾のつかない大混乱を作り出すという事例になっている。
政情不安のマリにいるフランス大使が退去を命じられたという。マリは軍政が続いており民政復帰を求めるフランス政府との間に緊張が生まれている。フランスが地域から手を引くと余地が生まれる。そこに入り込んでくる人たちがいる。一帯一路の中国とイスラム過激派である。
アフリカ諸国がフランスから独立した時フランスは軍や政府との関係を維持する戦略をとった。アフリカの政権を援助してキックバックをもらう。そのキックバックを貯めておいて選挙資金に使うのである。この傾向はフランサフリックという本にまとめられている。本にはポンピドー、ジスカール・デスタン、ミッテラン、シラクの歴代大統領がアフリカを食い物にする「犯罪的政策」に手を染めてきたというようなことが連綿と書かれている。
この関係はサルコジ政権になって徐々に見直しが進んだ。ルワンダでのフランスの関与が非難されるとサルコジ大統領は謝罪はしなかったもののルワンダでのフランスの関与は誤りだったと認めた。正式にこれを終わらせようとした最初の大統領はオランド大統領だったとされているそうだ。フランサフリックはオランド政権に近い人が過去の政権を批判するという体裁の本になっている。
現在のマクロン大統領は政党こそオランド大統領とは異なるのだがもともとはオランド政権の閣僚だった。やはり従来型のフランサフリックから脱却し関係の健全化を模索しているものと思われる。つまり、既存政党からの脱却とともに過去の清算が進んでいるのである。
特に近年は軍事的な関与を減らそうとしている。サハラ砂漠南部一帯のサヘル地域の約5000人を段階的に撤退させようとしている。2021年7月9日にはマリ、ブルキナファソ、チャド、モーリタニア、ニジェールの5カ国「G5」と首脳会議を行いフランスの方針を伝えた。
すでに5月にはマリでクーデターが起きており大統領が拘束されていた。この時はAU、EU、アメリカが軍部を非難していたが状況は変わっていない。7月にはクーデターを起こした暫定大統領が暗殺未遂に遭っている。
2022年に入ってすぐに今度はブルキナファソでクーデターが起きた。大統領がイスラム過激派対策に十分な支援をしてくれていないというのがクーデターの理由だったそうだ。国連もAUもEUもアメリカ合衆国もこの動きを非難しているが市民には歓迎する人も多かったそうだ。おそらくこちらもフランスの支援がなくなったことが関係しているのだろう。
フランスはアフリカとの関係を不適切なものから適切なものに変えようとしている。だがそれは援助の規模が縮小することを意味している。すると旧仏領アフリカは民主主義を捨てて軍政に戻ってしまう。フランスの「不適切な支援」こそがかろうじてこの地域の見せかけの民主主義を支えていたことになる。さらに軍事費が捻出できなくなると北部から砂漠を越えてイスラム過激派がやってくる。
その空白に忍び込んでくる国がある。それが中華人民共和国だ。中国は近年マリとの関係を強めている。軍政になってからも公共工事に人を送り込んでいたようだ。中国人ら労働者が何者かに襲撃されるという事件も起きている。かなり危険な状態だが国威発揚をかけて中国人労働者を送り込んでくる。世界各地に中国の影響力を拡大しようとした一帯一路政策の一環だ。
中国は近年アフリカの地域インフラを一体的に整備して影響力を強めようとして来た。2015年には中国人がホテルで襲撃され3名がなくなるという事件が起きている。この時には全部で27名が死亡したそうだ。2017年には「アフリカから撤退か?」という記事も見つかった。一帯一路を持て余していることがわかる。
なぜ中国の一帯一路はこの地域ではうまくゆかないのだろうか。色々な要因の中に専制体制を前提とした国家開発が当てはめられないという事情がある。中国は強い共産党が独自の教義を掲げて国民を教化し従わせる。中央アジアでは通じそうな手法だがアフリカでは通用しない。
「中国橋」の下には精霊が…いけにえをささげる人々 マリという記事が見つかった。2021年8月の記事である。
マリはキリスト教国フランスの植民地だったが大部分がイスラム教ということになっている。西アフリカのイスラムの歴史はかなり古くキリスト教の教化が失敗した地域なのだ。だがそのイスラムさえ古くから根付く伝統宗教を駆逐できなかった。
記事を読むと「橋は呪われている」ことになっているそうだ。
人口が180万人ほどのバマコだがニジェール川には3本の橋しか橋がない。そしてその「第三の橋(3ème pont de BAMAKO)」は聖地の上に架けられた。中州があるために確かに橋は架けやすそうだが聖地に無理やり橋を建てたため「呪われている」ということになっているのだろう。アミニズムの「呪い」なので「もともと水流が急」など何らかの自然的な要因があるのかもしれない。
人々はこの橋を避けて別の橋を渡る。別の橋までは8kmの距離があるそうだ。そしてこの橋の下には動物の死体が投げ込まれているという。嫌がらせではなく生贄だ。ささげられるのはヤギ・ニワトリ・ヒツジ・ウシで中にはその肉を持ち帰る人もいるのだという。
中国はおそらく言われるままに橋を作っただけだと思うのだが感謝されるどころか呪われたなどとみなされている。中国はイスラム過激派に労働者の命を狙われるだけでなく現地の風習とも戦わなければならない。とても本国と同じような開発はできないだろう。
だが、ヨーロッパが手を引き中国も開発を諦めてしまえば、後に残るのは脆弱な政府だけである。統治能力はなくかろうじて地域を治めているという状態である。
2020年末のレポートでは「気候変動が起これば多くの難民がヨーロッパを目指すだろう」と言われていた。まだこのようなことは現実には起きていないのだがそもそも政情が不安であり何か最後の一押しがあれば容易に難民が発生するところまで来ている。
ヨーロッパは新型コロナウイルス対策、インフレ対策、財政危機に対応するのが精一杯というところでウクライナ危機にさえうまく対応ができていない。おそらく2015年以来の難民危機が起これば再びパニックに陥るであろうと思われる。おそらく歴史的一体感のない中国も旨味がないということになればすぐさま撤退してしまうに違いない。
これが西アフリカの現状なのだ。